2009
10
株式会社サンレー

代表取締役社長

佐久間 庸和

「感情労働のプロとして

 怒りをどう扱うべきか?」

●傷つく感情労働者たち

 現代は、モノを生産したり加工したりする仕事よりも、人間を相手にする仕事をする人、すなわち「感情労働者」が多くなってきました。感情労働とは、肉体労働、知識労働に続く「第三の労働形態」とも呼ばれます。「感情社会学」という新しい分野を切り開いたアメリカの社会学者アーリー・ホックシールドは、乗客に微笑む旅客機のキャビンアテンダントや債務者の恐怖を煽る集金人などに丹念なインタビューを行い、彼らを感情労働者としてとらえました。ホックシールドは言います。
 マルクスが『資本論』の中に書いたような19世紀の工場労働者は「肉体」を酷使されたが、対人サービス労働に従事する今日の労働者は「心」を酷使されている、と。
 現代とは感情が商品化された時代であり、労働者、特に対人サービスの労働者は、客に何ほどか「心」を売らなければならず、したがって感情管理はより深いレベル、つまり感情自体の管理、深層演技に踏み込まざるをえない。それは人の自我を蝕み、傷つけるというのです。

●「怒り」をどう扱うか

 冠婚葬祭業にしろホテル業にしろ、確かに気を遣い、感情を駆使する仕事です。お客様は、わたしたちを完全な善意のサービスマンとして見ておられます。もちろん、わたしたちもそのように在るべきですが、なかなか善意の人であり続けるのは疲れることです。みなさんは、感情労働のプロとして、ホスピタリティを提供しているのです。
 よく、高齢者の介護施設などで働く人々が高齢者を虐待した、などという事件が起きます。報道によれば、容疑者は普段は優秀な介護者で、評判も高いようです。もちろん彼らの行為はけっして許されませんが、やはり、善意の人であり続けるのは大変なことのようです。
 接客業で一番辛いのは、お客様の理不尽な態度に接する時ではないでしょうか。中にはクレーマーと呼ばれる人もいますが、サービスを提供する人間に罵声を浴びせ、人間性を否定するような暴言を吐く者もいます。それでも相手はお客様ですから、怒ってはならない。我慢しなければならない。 怒りをこらえるというのは、本当に辛いですね。わたしも相当に気の短い人間なので、気持ちは良く理解できます。
 でも、わたしは怒りっぽい自分の性格を恥じてもいます。

●ブッダの教え

 では、「怒り」をどう扱うべきか。
 スリランカ初期仏教長老のアルボムッレ・スマナサーラ氏によれば、仏教では、怒りを完全に否定しているそうです。ブッダは、「たとえば、恐ろしい泥棒たちが来て、何も悪いことをしていない自分を捕まえて、面白がってノコギリで切ろうとするとしよう。そのときでさえ、わずかでも怒ってはいけない。わずかでも怒ったら、あなた方はわが教えを実践する人間ではない。だから、仏弟子になりたければ、絶対に怒らないという覚悟を持って生きてほしい」と言ったそうです。
 なぜなら、怒りは人間にとって猛毒だからです。その猛毒をコントロールすることが心の平安の道であることをブッダは告げたかったのでしょう。
 ブッダは、「怒るのはいけない。怒りは毒である。殺される瞬間でさえ、もし怒ったら、心は穢れ、今まで得た徳はぜんぶ無効になってしまって、地獄に行くことになる」とさえ言っています。つまり、怒ったら、自分が損をするのです。

●必要な怒りもある

 でも、必要な怒りもあるかもしれません。
 哲学者のアリストテレスはアレクサンダーの家庭教師を務めたとき、効果的な指導に役立ついくつかの原則を教えました。アリストテレスによれば、リーダーは「正しい相手に対して、正しい方法で、正しい時に、正しい理由で怒る人」でなければならないそうです。
 多くの政治家を指導した安岡正篤も、リーダーには怒りが必要と言っています。もちろん怒るといっても、下らない私憤から出る怒りではありません。人間の良心から出る怒りです。いつの時代でも、私心や私欲から不正を行おうとする人々に対して、良心から慨然として怒りを発することが必要なのです。
 リーダーでなくとも、どんな人でも同じです。「義を見てせざるは勇なきなり」で、悪が行われている場面では怒るべきです。

●怒っている人を相手にするとき

 さて、怒っている相手に対しては、どうするか。スマナサーラ氏によれば、「自分も相手も同じ被害者だ」と考えることが大事だといいます。
 相手の言動に対して同じ土俵で怒るのではなく、「この人は自信がなく不安だから、人をいじめよう、けなそう、無視しようと思っているのだ。この人は、かわいそうな被害者だ」と逆に同情するのです。
 そして、究極の必殺技は笑顔です。相手がカンカンに怒っていても、気にしないでニコッと笑うと、怒りにくくなります。スマナサーラ氏は「そのうち不思議と相手も怒るのをやめて、やがてニコッと笑うのです。仲良くなってしまうのです。それからはずっと味方になり、もう二度と自分をののしったり怒ったりできなくなるはずです」と述べています。
 まあ、こんなにうまくいくかどうかは知りませんが、やってみる価値はありそうですね。いずれにせよ、笑顔が最大の武器であることは確かなのですから。

 怒る人かわいそうにと同情し
    さらに怒れば笑顔で返せ  庸軒