2012
08
株式会社サンレー

代表取締役社長

佐久間 庸和

「続々と新施設がオープン

 土地と人をさらに輝かせよう!」

飯塚紫雲閣オープン

 6月に六つの紫雲閣がグランドオープンしたのも束の間、7月19日、新しい「飯塚紫雲閣」がオープンしました。
 飯塚といえば、日本を代表する炭鉱の町として歴史を刻んだ場所です。観光名所としては、伊藤伝衛門邸、嘉穂劇場、炭鉱のボタ山などが有名です。
 わたしは、飯塚紫雲閣の竣工神事の終了後、施主として挨拶しました。「飯塚」という地名がどうしてついたのか、こんな説があります。かつて、神功皇后がこの地方をお通りになったとき、従軍兵士の論功行賞をなされ、おのおの郷土に帰されたが兵士たちはなお皇后の徳を慕って飯塚まで従い「いつか再び玉顔そ拝し奉らん」と深く歎き慕ったといわれ、名づけてイヅカ(飯塚)の里と伝えられたといわれます。
 「いつか」は、「いつか、またお会いしたい」という意味だったのです。まさに、セレモニーホールにこれほどふさわしい名前はありません。わたしは、「いづか」という言葉には「いずこ」も連想させることから、次のような短歌を披露しました。
「なつかしき故人は何処(いずこ) この地より魂(たま)を送らん 飯塚(いづか)の里で」

門司港紫雲閣のオープン

 また、7月24日には新しい「門司港紫雲閣」がオープンしました。
 門司港といえば、かつては横浜港・神戸港と並ぶ「日本三大港」と呼ばれました。観光スポットである「門司港レトロ」は有名です。
 わたしは、やはり竣工神事の後で、施主として挨拶しました。門司港は九州の最北端であり、古代より大陸や朝鮮半島から多くの文化が入ってきました。現在ではレトロの浪漫が漂う港町で次のように思いました。セレモニーホールというのも、ある意味では港のようなものではないか、と。
 そう、故人の魂が「こちら側」から「あちら側」へと旅立つための港なのです。そして、わたしは施主挨拶の終わりに次のような短歌を披露しました。
 「いにしへの浪漫ただよふ門司港の 魂(たま)の港はここにありけり」

土地の名を呼ぶ「国誉(くにぼ)め」

わたしは二つの紫雲閣のオープンに当たり、その土地の伝説や歴史を調べ、それを歌に詠み込みました。これは、古代日本の「国誉め」という儀式に通じます。
 日本最初の歌を詠んだのはスサノオノミコトとされています。怪蛇ヤマタノオロチを退治した後、次のような歌を詠みました。
 「八雲立つ 出雲八重垣 妻込みに 八重垣造る その八重垣を」
 これが和歌の第一号のようですが、「出雲」という地名が歌われています。これは、そのまま「国誉め」すなわち、祝福の言霊となっています。その土地の地名を歌に詠むことは、産土の神様への最高の礼なのです。
 梅雨明けしましたが、このたびの九州の豪雨は凄まじく、まさに「経験したことのない大雨」が降りました。
 自然の脅威を再認識するとともに、わたしは土地の神様をおまつりすることの大事さを痛感しました。「国誉め」は産土の神にさらに礼を尽くすことです。

歌謡曲にも「国誉め」がある

 思想家の内田樹氏によれば、土地を「その名で呼ぶ」ことは祝福につながるそうです。内田氏は共著『現代人の祈り』(サンガ)で、「ユーミンや桑田佳祐の歌が国民歌謡として歌い継がれているのは、それが『国誉め』になっているからじゃないかと僕は思ってるんですよ」と述べています。
 たとえば、ユーミンの「中央フリーウエイ」には「調布基地を追い越し」とか「右に見える競馬場、左はビール工場」といった歌詞が出てきますね。サザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」なども、「江ノ島が見えてきた、俺の家も近い」という歌詞で、きわめて価値中立的なフレーズになっています。まさに、ユーミンや桑田は「国誉め」をしているというのです。
 「ご当地ソング」と呼ばれる歌謡曲があります。「長崎は今日も雨だった」「新潟ブルース」「よこはま たそがれ」などが代表的ですが、そういったご当地ソングはその土地を祝福していることになるわけです。
 実際、ご当地ソングを持っている地方の人々は地元への愛着が強く、ことあるごとにその歌を歌っているようです。ちなみに、わたしも東京のカラオケ・スナックなどで村田英雄の「無法松の一生」を歌ったりします。
 さらには、「中の島ブルース」「港町ブルース」「ふりむかないで」など、全国の地名がふんだんに登場するような歌というのはまさに日本国を「国誉め」しているのですね。

土地の光を観る「観光」

 この「国誉め」は、「観光」にも通じます。
 「観光」とは、もともと古代中国の書物である『書経』に出てくる「観國光」という言葉に由来します。「國光」とは、その地域の「より良き文物」や「より良き礼節」と「住み良さ」を指します。
 すなわち観光とは、日常から離れた異なる景色、風景、街並みなどに対するまなざしに他なりません。どんな土地にも、その土地なりの光り輝く魅力があります。
 そして、観光とは文字通り、その光を観ることなのです。わたしは新しい紫雲閣がオープンした土地である飯塚や門司港の「光」を観ました。それを歌に詠み込んで「国誉め」をしたわけです。
 みなさんも自分の職場のある土地の「光」を見つけて下さい。そして、みなさんなりの「国誉め」をして下さい。
 そうすれば、みなさんの心にわが街への誇りが生まれて、みなさんの人生はさらに輝くことでしょう。

 わが街の放つ光を見逃さず
    さらに誉めれば人も輝く  庸軒