2013
05
株式会社サンレー

 代表取締役社長

  佐久間 庸和

「利の元は義である

 黄金の奴隷たるなかれ!」

黄金の奴隷たるなかれ

  『海賊とよばれた男』が本屋大賞に輝いて、出光佐三ブームが巻き起こっています。わたしは先日、その出光佐三のご長男とお孫さんにお会いしてきました。
 出光佐三は大成功を収めた経営者でしたが、その説くところはつねに形而上的な観念論であって、まるで哲学者のようでした。96年にわたる生涯の中で、自社の社員に対して「金を儲けよ」とは一度も言ったことがないそうです。
 そんな彼の思想を集約した言葉こそが「人間尊重」であり、それから「黄金の奴隷たるなかれ」でした。後者は、一橋大学大学院商学研究科教授である橘川武郎氏の著書『出光佐三~黄金の奴隷たるなかれ』(ミネルヴァ書房)のサブタイトルにもなっています。

商売とは金儲けではない

 出光佐三が神戸高商の学生時代に、神戸の商工会議所の会頭が学校にやってきて講演しました。そのとき、会頭は学生たちに向かって次のように言い放ったそうです。 「商売とは金儲けである。学者先生は偉そうなことをいろいろおっしゃるが、そんなもので商売はできない。商売は成り立たない。空理空論を弄んではならない。金がなければ、この社会では何もできはしない。儲けること。それが全てである」
 この言葉を聞いた出光佐三をはじめ、学生たちは猛烈に反発したといいます。一方、尊敬する水島銕也校長は「実業に進むなら、金の価値を尊ぶのはもちろんだが、金の奴隷になってはいけない。黄金の奴隷になるな。士魂商才をもって事業を営むように」と説きました。
 この師の言葉が若き出光佐三の心の支えとなり、事業の原動力となりました。

孔子とドラッカーの考え

 一般に、「金儲け」は「利益」という言葉につながります。経営学者ドラッカーは、「利益とは企業存続のためのコストである」と言いましたが、利益が出なければ、どんな企業だって倒産してしまいます。でも、ただ貪欲に利益だけを追求すればいいというものでもありません。
 孔子の言行録である『論語』には、「利」という言葉が何度か登場します。
「利によって行えば怨(うら)み多し」。
 すなわち、行動がつねに利益と結びついている人間は、人の恨みを買うばかりである。
「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩(さと)る」。
 すなわち、君子はまっさきに義を考えるが、小人はまっさきに利を考える。
 孔子は、「完成された人間とは」と問われて、「目の前に利益がぶら下がっていても義を踏みはずさない」ことを、その条件の一つに挙げています。

「利」と「義」はセットである

 どうも、「利」と「義」はセットで語られてきたようです。そう、経済と道徳は両立します。多くの賢人たちがそう訴えてきました。
 アリストテレスは「すべての商業は罪悪である」と言ったそうです。商行為を詐欺の一種と見なすのは、古今東西を問わず、はるかに遠い昔からつい最近まで、あらゆるところに連綿と続いてきた考えでした。
 しかし、かの『国富論』の著者であり、近代経済学の生みの親でもあるアダム・スミスは、道徳と経済の一致を信じていました。
 スミスの後には、マックス・ウエーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で明らかにしたように、資本主義はもともと倫理や道徳というものを内に秘めていたのです。

日本における利益の思想

 日本では、江戸時代に石田梅岩が現れて、商業哲学としての「石門心学」を説きました。そして時代は下り、幕末明治にかけて渋沢栄一が登場します。
 渋沢は日本史上最高・最大の実業家でしたが、父の影響で幼少のころより『論語』に親しみ、長じて志士から実業家になってからも、その経営姿勢はつねに孔子の精神とともにありました。「義と利の両全」「道徳と経済の合一」を説いた彼の経営哲学は、有名な「論語と算盤」という言葉に集約されます。
 特筆すべきは、あれほど多くの会社を興しながら財閥をつくろうとしなかったことです。後に三菱財閥をつくることになる岩崎弥太郎から「協力して財閥をつくれば日本経済を牛耳ることができるだろうから手を組みたい」と申し入れも厳に断っています。利益は独占すべきではなく、広く世に分配すべきだと考えていたからです。やはり、「利の元は義」であると、わたしは確信します。

大きな目標に向かって

 後に、出光佐三は次のように述べました。
「金を尊重せよ、しかしながら金にひざまづくなという、この呼吸気分は金の奴隷たる事と真に紙一重である。店員の不断の修養の力にのみよりて、この妙諦を体得し得るのであります。人間尊重、人物養成お必要なる所以もここに存するのであります」
 資本主義の世の中で、金の奴隷にならずに事業を発展させることは確かに難しいことでしょう。それを「矛盾」という人もいるかもしれません。
 しかし、毛沢東の『矛盾論』ではありませんが、矛盾こそは大きな核融合を引き起こすパワーを秘めているのです。
 今年のサンレーグループは、売上・利益ともに大きな目標を掲げています。佐久間会長も、社長のわたしも、出光佐三という方を心から尊敬しています。あくまでも「人間尊重」のミッションを死守しながら、予算も完達する覚悟です。ともに力を合わせて、がんばりましょう!

 利の元は義にあることを銘(めい)ずれば 
    黄金(こがね)の奴隷なるはずもなし  庸軒