2018
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株式会社サンレー

 代表取締役社長

  佐久間庸和

絶対に失敗の許されない仕事

  冠婚葬祭業に誇りを持とう!

●はれのひ事件
 毎日とても寒いですが、わたしの心は怒りの炎で燃え上がっています。振り袖販売・レンタル業者の「はれのひ」に対する怒りです。
 「はれのひ」は横須賀店・福岡天神店・八王子店・つくば店の4店を展開していましたが、昨年から取引債務や従業員給与の支払い遅延が発生していたそうです。篠﨑洋一郎社長と年明けから連絡がつかない状態になり、多くの地域で成人式が行われた1月8日は福岡天神店を除く3店が突然の休業。9日には残る福岡天神店も閉鎖し、事実上事業を停止しました。篠﨑社長は連絡がつかず夜逃げ状態でしたが、1月26日に記者会見して、破産手続きを開始したことを報告しました。
 成人式当日、早朝の4時に「もぬけの殻」となった店を訪れ、極寒の中で絶望した新成人や親御さんの心中を思うと、あまりにも気の毒で、涙が出てきます。まことに、一生に一度の成人式を台無しにした罪はあまりにも重いです。

●「はれのひ」は何を奪ったのか
 成人式の当日、楽しみにしていた晴れ着を着ることができなかっただけでなく、多くの方が預けていた大切な着物の行方が不明になりました。一時はフリマアプリで売られたのではないかと大騒ぎになりました。
 日本中の人々が、「はれのひ」、そして逃亡した篠﨑社長に対して怒り狂っています。しかし、その怒りがどこからくるものなのか、みなさん怒っているのは確かなのだけれども、胸の中のモヤモヤをうまく言葉にできていないようにも思います。ちょうど今、『「言葉にできる」は武器になる』梅田悟司著(日本経済新聞出版社)という本を読んでいるので、わたしも自分の心の中の想いを言語化してみたいと思います。ポイントは、今回のきわめて悪質な事件で、「はれのひ」は何をしたのかということです。「はれのひ」は晴れ着だけでなく、いろいろな大切なものを奪った大泥棒だと考えています。

●礼・信用・日本文化への関心
 まず、「はれのひ」は、新成人たちの「礼」の精神を踏みにじりました。成人式における「礼」とは、無事に成人となった自分を尊重し、育ててくれた親を尊重することです。新成人を祝おうという親御さんや親族などの「礼」の精神も踏みにじりました。
 それから、新成人たちは、大人になる日に大人から裏切られてしまいました。社会は「信用」から成り立っているわけですが、それが根幹から崩されてしまいました。
 さらに、成人式で着物を着るとは、日本文化に触れることです。「ニッポン人には和が似合う」とは、わたしの口癖ですが、新成人として晴れ着を着ることで、和装に興味を持つ女性は多いです。ひいては、それが日本文化全般への関心につながり、日本人としてのアイデンティティや誇りを持つことにも通じていきます。その機会が奪われました。

●家族の絆
 冠婚葬祭とは、すべてのものに感謝する機会です。七五三・成人式・長寿祝いなどの通過儀礼は、無事に生きられたことを神に感謝する儀式です。そのために、いずれも神社や神殿での神事すなわち儀式が欠かせないわけです。成人式で晴れ着を着ることによって、新成人は家族への感謝の念を強めます。また、両親は美しく着飾ったわが娘の姿を見て、これまでの育児の日々をなつかしく思い出します。そのような家族の絆が奪われてしまいました。
 また、今回の事件に関しての怒りのコメントで最もよく使われているのは「一生に一度しかない成人式」という言葉です。今回の事件の悪質さは、「時間の不可逆性」に大いに関係しています。デパートでの不祥事なら新しい商品をお客様にお渡しすればいいし、レストランでの不祥事なら次回の食事でサービスするという方法もあります。しかし、儀式産業に関しては、勝負は一回限りで、次はありません。それが儀式産業というものです。

●もう二度と戻らない時間
 社会学者エミール・デュルケムは「さまざまな時限を区分して、初めて時間なるものを考察してみることができる」と述べています。
 これにならい、「儀式を行うことによって、人間は初めて人生を認識できる」と言えないでしょうか。儀式とは世界における時間の初期設定であり、時間を区切ることです。それは時間を肯定することであり、ひいては人生を肯定することなのです。
 さまざまな儀式がなければ、人間は時間も人生も認識することはできません。まさに、「儀式なくして人生なし」です。「はれのひ」は「もう二度と戻らない時間」すなわち「かけがえのない人生」を奪いました。「そんなことすんなよ、返したれよ思い出」というツイートをした人がいましたが、同感です。

●絶対に失敗の許されない仕事
 一生に一度の晴れの日を台無しにされた被害者の方々の無念と悔しさを思うと、言葉もありません。成人式に限らず、結婚式も葬儀も一生に一度のかけがえのない「セレモニー」であり、「メモリー」です。
 最近、福岡県の葬儀保証組合が破産し、会員から「葬儀サービスが受けられない」と悲鳴が上がっていると、元旦のヤフー・ニュースのTOP記事で出ていました。冠婚にしろ、葬祭にしろ、一部の業者のために冠婚葬祭業界全体の信頼が損なわれるのは残念でなりません。
 かのオウム真理教は「地下鉄サリン事件」という日本犯罪史上最悪の事件を起こしましたが、今回の「はれのひ」事件はいわば、「こころの同時多発テロ」とでも呼ぶべきものでした。わたしたちは、冠婚葬祭業を「絶対に失敗の許されない仕事」と心得て、お客様の「こころ」を裏切らないようにしたいものです。

 はれのひにこころ裏切る大泥棒
        こころ守るはわれらの仕事  庸軒