第35回
一条真也
『KAGEROU』齋藤智裕著(ポプラ社)

 

 俳優の水嶋ヒロの処女作であり、ポプラ社小説大賞受賞作です。発売前からすでに大ベストセラーとなり、大変な話題となっています。評価は賛否両論ですが。
 「かげろう」のような己の人生を閉じるべくデパートの屋上に上がる男。そこから飛び降りる直前に、不気味に冷笑する黒服の男が突如現れる。二人は、ある契約を交わす。最後に、主人公は一つの儚き「命」と出会い、愛することに切なさを知る。これが、本書のあらすじです。「なんだか聞いたことがあるような話」と思った人は多いのではないでしょうか。
 さて、本書のテーマは、「命」です。
 著者は、日本人の自殺者の多さにとても驚いたそうです。そして、自殺を少しでも減らしたいという思いで、著者はこの作品を書いたとか。
 日本人の自殺率は、これまで先進国の中でワースト二位であるとされてきました。ところが、最近になって世界最悪であるという結果が明らかになりました。
 2010年6月に経済協力開発機構(OECD)が公表した統計によれば、08年の日本の自殺者(70歳未満)は人口十万人当たり475人でした。これは、比較が可能な加盟国中で最悪の数字です。
 日本では、1998年以来、12年連続で年間の自殺者数が三万人を超えています。09年の日本における自殺者数は3万2845人でした。一方、年間の交通事故死数のほうは9年連続で減少し、09年は4914人と、じつに57年ぶりに4千人台となりました。
 かつて、自殺者が二万ちょっと、交通事故死が一万人ちょっとの時代が長く続き、自殺者は交通事故死者の二倍という通念がありました。それが今や七倍近くまで差が開いています。これは明らかに異常でしょう。いつのまにか、日本は「自殺大国」になってしまったのです。
 先日、わたしは「自殺のない社会」を考えるフォーラムでパネラーを務めました。そこで知ったのですが、自殺を考えている人の多くは、「相談に乗る」「支える」「一時避難所」ことを求めているとか。
 本書は、たしかにストーリーも稚拙ですし、自殺という重要なテーマを扱うには軽すぎるとも思います。でも、読みやすい小説であることは事実です。中高生を中心にケータイ小説のように気軽に読まれることによって、若い人たちが「生」と「死」について考えてくれる機会を持てば。そして、自らの「命」を大切だと思えば。そういう意味では、意義のある作品と言えるのではないでしょうか。