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一条真也
「死と再生を疑似体験する」

 

 先日、冠婚葬祭業を営んでいるわが社の施設でお客様感謝イベントを行いました。そこでは全国各地の「終活フェア」などで人気を呼んでいる「入棺体験」コーナーも設置しました。わたしは、お客様が来られる前に、試みに棺の中に入ってみました。
 棺に入って目を閉じると不思議な感じで、本当に自分が死んだような気がしました。わたしは「これまでの人生に悔いはないか」と振り返り、自分の人生を遡ってみました。すると、いろんな思いが次から次へと浮かんできました。
 入棺体験は、自分を見つめ直す行為になると実感しました。わたしは「自分が人生を卒業する日はいつだろう。いずれにせよ、今日は残りの人生の第1日目だな」と思いました。本当は1時間ぐらい入っていたかったのですが、お客様をご案内する時間が迫ってきたので、棺から出なければなりませんでした。
 わたしは、「死」と「再生」を疑似体験することができました。一度死んだと思って、生まれ変わったつもりで頑張りたいと思いました。
 中国の上海では、「死亡体験館」という死亡と誕生をシミュレーション体験する施設が今年4月にオープンし、大きな話題を呼んでいるそうです。参加枠は1日24人までで、最初に初対面の12人が議論をします。そのテーマは、現在の自分の悩み、家族など身近な人の死などが中心で、一種のワークショップのようなものでしょうか。議論の後は、火葬場に移動し、実際に火葬炉に入れられる体験をします。火葬炉の中では、炎の映像とともに全身には熱風が吹きつけられ、さらには激しい音が鳴り響きます。あまりの恐怖に泣き出したり、失神したりする人もいるとか。その後は、母親の胎内を模したトンネルを通って、この世に誕生するという仕組みです。およそ3時間の「死と再生」の旅ですが、20~30代の中国の若者を中心に問い合わせが相次ぎ、キャンセル待ちになるほどの人気だそうです。入場料は1人444元(約7000円)です。
 この「死亡体験館」、いわゆるテーマパークの一種でしょう。じつは、わたしは同じような施設をもう25年以上前に企画し、実際にオープンも計画していました。1991年、わたしは『ロマンティック・デス~月と死のセレモニー』(国書刊行会)という著書を出しました。それを読まれた俳優の故丹波哲郎さんから連絡がありました。丹波さんは映画「大霊界」シリーズの大成功で"時の人"となっていました。同書の最後に「葬儀のディズニーランド」という項目があり、わたしが「死」と「死後」を疑似体験できるテーマパーク建設を提案していたのですが、それが丹波さんの関心を引いたのでした。丹波さんは「一条くん、一緒に『霊界ランド』を造ろう!」と言ってくださり、わたしも大いにその気になって準備もしたのですが、その後、バブルが崩壊して計画そのものが立ち消えになってしまいました。イメージパースまで作っていたのですが......。
 もともとディズニーランドそのものが「死と再生」というイニシエーションを疑似体験できるアトラクションの宝庫です。特に「ファンタジーランド」にそれがいえます。文化人類学者の能登路雅子氏は著書『ディズニーランドという聖地』(岩波新書)で、ディズニーランドの主人公たちはいずれも、一度死んでから(または異界に入ってから)、この世に戻って来ると指摘しました。だから「ファンタジーランド」は、「死」のイメージと「再生」のイメージに満たされているというのです。
 ところで、「霊界ランド」は単なる火葬炉体験施設ではありませんでした。病院のベッドで臨終を迎えたという設定からスタートし、天井のミラーを使った幽体離脱にはじまり、一連の臨死体験をライドなどでシミュレーションするというものでした。
 上海で大人気だという「死亡体験館」のような施設を日本にも造るのは「あり」だと思います。しかし、単なるのぞき見趣味的な発想で造るのには反対です。それでは、かつて温泉地に乱立した「秘宝館」の二の舞いになりかねません。
 もっと、「葬儀」や「グリーフケア」、そして「死生観」をテーマとした真面目な施設にすることが望まれます。「死亡体験館」は、中国らしいというか、少々ベタな印象も受けます。しかし、「死と再生」というのはイニシエーションそのものであり、生きる気力のなくなってしまった人々を「死んだ気」にさせることができるでしょう。また、死ぬのが怖くて仕方がない人にも有意義な施設になるかもしれません。いずれにせよ、一度、上海に行って「死亡体験館」を訪れてみたいと思います。
 とりあえず、手軽に「死と再生」が疑似体験できるのは、お棺に入ることではないでしょうか。みなさんも「入棺体験」の機会があれば、ぜひお棺にお入りください。そこには、思いもしなかった豊かな精神世界が待っていますよ!