2016
07
株式会社サンレー

 代表取締役社長

  佐久間庸和

「儀式は絶対になくならない

 人間には礼欲があるからだ!」

●イチローの偉業

 米大リーグ・マーリンズのイチロー外野手は、6月15日(日本時間16日)、サンディエゴで行われたパドレス戦で2安打をマークし、ピート・ローズが持つメジャー記録の4256安打を日米通算で上回りました。わたしは、偉業達成後の記者会見でイチロー選手が語った言葉にとても感銘を受けました。
 記者会見で、イチロー選手は、「子どもの頃から人に笑われてきたことを常に達成しているという自負がある」と明かしました。
 小学生の頃、プロ野球選手になる夢を抱き、毎日コツコツ練習を重ねてきましたが、周囲からは「あいつ、プロ野球選手になるのか」と笑われたそうです。それでも愛知・愛工大名電高で甲子園に出場し、1991年にドラフト4位でオリックスから指名を受けると、1994年にプロ野球史上初のシーズン200安打以上を達成するなど一気にスターの座に駆け上がりました。

●笑われ続けたイチロー

 2001年にイチロー選手が大リーグへ移った時は「首位打者になってみたい」と目標を掲げました。周りで真に受ける人は誰もおらず、彼は冷笑を受けました。
 しかし、そこからメジャー1年目で首位打者を獲得。2004年には262安打を放ちシーズン最多安打を84年ぶりに更新と、活躍を続けてきたのです。イチロー選手は、大リーグだけで通算4256安打を超える可能性について問われました。彼は、「常に人に笑われてきた悔しい歴史が、僕の中にあるので。これからもそれをクリアしていきたいという思いはもちろん、あります」と語りました。
 それを聞いて、わたしは感動しました。「50歳で現役」という高いハードルにも挑むことを公言しているイチロー選手ですが、もう、その言葉を笑う者はいません。

●「儀式バカ一代」をめざして

 何を隠そう、このわたしだって、これまで、いろいろと笑われてきました。現在も、宗教学者の島田裕巳氏との対談本の刊行、あるいは、儀式の必要性を理論武装する『儀式論』の出版などに対して、「そんなことをしてどうする」と笑う人もいるでしょう。
 もちろん、わたしの人生など、偉大なイチローの人生と比べられないことはよくわかっていますが、彼と同じ「なにくそ!」「今に見ていろ!」の精神で走り続けたいです。
 北島三郎の「兄弟仁義」という歌の3番には、「ひとりぐらいはこういう馬鹿が居なきゃ、世間の目はさめぬ♪」という歌詞がありますが、そういった心境であります。
 かつて、極真会館を創設した大山倍達は「空手バカ一代」と呼ばれました。考えてみれば、宮本武蔵は「剣術バカ一代」ですし、イチローは「野球バカ一代」です。ならば、わたしは、「儀式バカ一代」になりたい!

●豊かな人間関係が宝物

 そして、記者会見で最も胸を打たれたのは、「アメリカに来て16年、これまでチームメイトとの間にしんどいことも多かったけど、今は最高のチームメイトに恵まれて感謝している」という発言でした。
 内野安打を含む単打を連発するイチロー選手の野球スタイルは、「チームに貢献していない」「打率狙いのセコい野球」などと酷評されてきました。おそらくはチーム内にもそんな空気があったのでしょう。
 しかし、42歳にしてようやく彼は「最高の仲間」を手に入れたのです。「真の贅沢とは人間関係の贅沢である」というのは、フランスの作家サン=テグジュペリの言葉であり、わたしの信条でもあります。イチロー選手は、お金も名声もすべて手に入れてきました。夢もすべて実現してきました。しかし、彼が最も欲しかった宝物とは「最高の仲間」であり、ついにそれを手に入れた感動の表れが会見の涙だったのではないでしょうか。

●儀式には普遍性がある

 わたしは『儀式論』を書くにあたり、「なぜ儀式は必要なのか」について考えに考え抜きました。そして、儀式とは人類の行為の中で最古のものであることに注目しました。ネアンデルタール人も、ホモ・サピエンスも埋葬をはじめとした葬送儀礼を行いました。
 人類最古の営みは他にもあります。石器を作るとか、洞窟に壁画を描くとか、雨乞いの祈りをするとかです。しかし、現在において、そんなことをしている民族はいません。儀式だけが現在も続けられているわけです。
 最古にして現在進行形ということは、普遍性があるのではないか。ならば、人類は未来永劫にわたって儀式を続けるはずです。
 じつは、人類にとって最古にして現在進行形の営みは、他にもあります。食べること、子どもを作ること、そして寝ることです。これらは食欲・性欲・睡眠欲として、人間の「三大欲求」とされています。つまり、人間にとっての本能です。わたしは、儀式を行うことも本能ではないかと考えます。

●「礼欲」の発見

 ネアンデルタール人の骨からは、葬儀の風習とともに身体障害者をサポートした形跡が見られます。儀式を行うことと相互扶助は、人間の本能なのです。この本能がなければ、人類はとうの昔に滅亡していたのではないでしょうか。
 わたしは、この人類の本能を「礼欲」と名づけたいと思います。人間には、人とコミュニケーションしたい、豊かな人間関係を持ちたい、助け合いたい、そして儀式を行いたいという「礼欲」があるのです。
 金も名誉も手に入れたイチローが「最高の仲間」を得て涙したのも、この礼欲のなせるわざでしょう。この「礼欲」がある限り、儀式は永遠に不滅です。

 人はみな人と交わり儀式する
      礼の本能もつものと知れ  庸軒