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一条真也
「『般若心経』を自由訳する」

 

 先週、新刊『はじめての「論語」』(三冬社)をご紹介したが、続いて、『般若心経 自由訳』(現代書林)を上梓した。沖縄在住の写真家である安田淳夫氏の作品を中心とした素晴らしい写真とともに、わが自由訳が収められている。
 ダライ・ラマ14世は「般若心経」について、ことあるごとに「日本では、この経典は亡くなった人のために葬儀の際よく朗唱される」と述べている。すべての宗派の葬儀で「般若心経」が読誦されているわけではないけれども、曹洞宗や真言宗などでは読誦されている。ダライ・ラマの言葉に触れたとき、わたしは「般若心経」を自分なりの解釈で自由訳してみようと思ったのである。
  唐の僧・玄奘三蔵は、天竺(インド)から持ち帰った膨大な「大般若経」を翻訳し、262字に集約して「般若心経」を完成させた。そこで説かれた「空」の思想は中国仏教思想、特に禅宗教学の形成に大きな影響を及ぼした。東アジア全域にも広まったが、日本に伝えられたのは8世紀、奈良時代のことである。遣唐使に同行した僧が持ち帰ったという。
 以来、1200年以上の歳月が流れ、日本における最も有名な経典となった。特に、遣唐使に参加した弘法大師空海は、その真の意味を理解したと思う。空海は、「空」を「海」、「色」を「波」に例えながら説いた『般若心経秘鍵』を著した。わが自由訳のベースは、この書にある。
 これまで、日本人による「般若心経」の解釈の多くには重大な誤解があったように思える。なぜなら、その核心思想である「空」を「無」と同意義にとらえ、本当の意味を理解しなかったからである。
  「空」とは、じつは「永遠」という意味にほかならない。「0」も「∞」もともに古代インドで生まれたコンセプトだが、「空」は後者を意味した。
 わたしの自由訳は、死の「おそれ」や死別の「かなしみ」を溶かす内容となっている。8月2日に全国書店で発売される予定。ぜひ御一読を!