第135回
一条真也
『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ著(文藝春秋)
 2019年本屋大賞を受賞した小説です。
 著者は1974年、大阪府生まれ。大谷女子大学国文学科卒。2001年、「卵の緒」で坊っちゃん文学賞大賞を受賞し、翌年単行本『卵の緒』で作家デビュー。2005年『幸福な食卓』で吉川英治文学新人賞を、2009年『戸村飯店 青春100連発』で坪田譲治文学賞を受賞しています。
 主人公の優子が3歳になる少し前に実の母が交通事故で亡くなります。その後、父は再婚しますが、仕事でブラジルに転勤します。日本から離れたくなかった優子は義理の母に育てられますが、その彼女が再婚して義理の父ができます。さらに気ままな義理母は家を出て行ってしまい、違う義理父と暮らすことになります。つまり実父母が1人ずつ、義理父が2人、義理母が1人いる女性の物語なのです。
 しかし、どの親もみんな良い人ばかりで、優子の幸福を第一に考えてくれます。途中、高校で主人公が同級生からいじめに遭う場面も出てきますが、基本的にこの物語に悪人は登場しません。全員が善人と言えます。
 正直、あまりにも能天気というか、「人生はこんなに甘くないよ」と思った読者は多いと思います。ただ、この物語をファンタジーというか、一種の「おとぎ話」として読めば、やはり心温まる傑作であると思います。「どんな大変な境遇にあっても淡々と生きていくしかない」「そうすればいつか良いこともある」という大切なメッセージが込められています。
 本書のラストは結婚式のシーンです。淡々と描かれていますが、とても感動的です。優子は3人いる父の1人と一緒にバージンロードを歩きますが、「笑顔で歩いてくださいね」という式場のスタッフの合図とともに、目の前のチャペルの大きな扉が一気に開かれます。 優子は光が差し込む道の向こうに生涯の伴侶となる人が立つ姿を見ます。そして、「本当に幸せなのは、誰かと共に喜びを紡いでいる時じゃない。自分の知らない大きな未来へとバトンを渡す時だ。あの日決めた覚悟が、ここへ連れてきてくれた」と思うのでした。
 心に沁みる結婚式の描写に、わたしの涙は止まりませんでした。ブライダルの仕事に携わっていることに誇りを感じました。ブライダルだけでなく、冠婚葬祭業に携わるすべての方々に読んでいただきたい物語です。
 上皇陛下の退位儀式が終わり、今上陛下の即位儀式が今なお続いています。ついに、「平成」から「令和」へのバトンが渡されましたが、皇位継承儀式だけでなく、結婚式も葬儀も、すべての儀式とは後の世代にバトンを渡すことではないでしょうか。わたしは、そのように思いました。