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一条真也
「別れてもまた会える」

 このコラムも、今回でついに最終回となります。これまで「人生の修め方」というテーマで書いてきましたが、連載を修めなければなりません。みなさんとお別れするのは寂しいですが、わたしは「別れてもまた会える」と信じています。

 別れにもいろいろありますが、一番つらいのは愛する人との死別ではないでしょうか。フランスには「別れは小さな死」ということわざがあります。愛する人を亡くすとは、死別ということです。愛する人の死は、その本人が死ぬだけでなく、あとに残された者にとっても、小さな死のような体験をもたらすといわれています。

 もちろん、わたしたちの人生とは、何かを失うことの連続です。わたしたちは、これまでにも多くの大切なものを失ってきました。しかし、長い人生において、一番苦しい試練とされるのが、あなた自身の死に直面することであり、あなたの愛する人を亡くすことなのです。

 わたしが、愛する人を亡くした人にいつも言うことがあります。それは、亡くなった愛する人に必ずまた会えるということです。かつて「千の風になって」という歌が流行しましたが、その歌詞では亡くなった人が風や光や雪や鳥や星になっていました。死別はたしかにつらく悲しい体験ですが、それは一時的なものであり、永遠のものではありません。なぜなら、「風や光や雪や鳥や星として会える」「夢で会える」「あの世で会える」「生まれ変わって会える」、そして「月で会える」からです。

 世の中には、さまざまな信仰があり、いろんな物語があります。しかし、いずれにしても、必ず再会できるのです。死別というのは時間差で旅行に出かけるようなものかもしれません。先に行く人は「では、お先に」と言い、後から行く人は「後から行くから、待っててね」と声をかけるのです。それだけのことではないでしょうか。

 考えてみれば、世界中の言語における別れの挨拶に「また会いましょう」という再会の約束が込められています。日本語の「じゃあね」、中国語の「再見」もそうですし、英語の「See you again」もそうです。フランス語やドイツ語やその他の国の言葉でも同様です。これは、どういうことでしょうか。古今東西の人間たちは、つらく、さびしい別れに直面するにあたって、再会の希望をもつことでそれに耐えてきたのかもしれません。

 でも、こういう見方もできないでしょうか。二度と会えないという本当の別れなど存在せず、必ずまた再会できるという真理を人類は無意識のうちに知っていたのだと。その無意識が世界中の別れの挨拶に再会の約束を重ねさせたのだと。そう、別れても、わたしたちは必ず再会できるのです。愛する人を亡くした人は、「また会えるから」という言葉を合言葉に、愛する人との再会の日を楽しみにして生きてほしいと思います。

 わたしは「死」とは「人生を卒業すること」であり、「葬儀」とは「人生の卒業式」であると考えています。つねづね思うのですが、すべての通過儀礼の本質とは卒業式ではないでしょうか。七五三は乳児や幼児からの卒業式であり、成人式は子どもからの卒業式。通過儀礼の「通過」とは「卒業」のことなのです。

 結婚式も同様です。結婚披露宴で一番感動を呼び、参列者の間に共感を生むもの、それは花嫁による両親への感謝の手紙です。そこには、今まで育ててくれた両親への感謝の言葉とともに、家族から巣立ってゆくことの寂しさ、そして夫となる人とともに新しい家族を築いていくことへの希望と決意が述べられています。

 なぜ、昔から花嫁の父親は結婚式で涙を流すのでしょうか。それは、結婚式の本質が卒業式であり、家庭という学校から卒業してゆく娘を校長として愛しく思うからにほかなりません。

 そして、葬儀は人生の卒業式です。日本人は人が亡くなると「不幸があった」などと言いますが、この世に死なない人間はいません。必ず訪れる「死」が不幸であるなら、どんなに素晴らしい生き方をしようが、あらゆる人生そのものも不幸でしかないことになります。これでは必ず"負け役"を演じると決められた八百長のようなもので、そんなバカな話はありません。

 卒業式でもっとも多く使われる言葉は、やっぱり「さようなら」でしょう。「さよなら三角、また来て四角」で始まる言葉遊び歌がありますが、あんな軽やかな感じで別れの挨拶をするのもよいかもしれません。あの歌は日本全国で歌われていましたが、さまざまなバージョンがあるようです。

 わたしが子どもの頃、「さよなら三角、また来て四角、四角は豆腐、豆腐は白い、白いはウサギ、ウサギははねる、はねるはカエル、カエルは青い、青いはバナナ、バナナはすべる、すべるは氷、氷は光る、光るはおやじのハゲ頭」と歌っていました。こんな感じで、わたしも明るく笑いながら人生を修め、この世を卒業したいものです。

 それでは、みなさん、そろそろお別れです。長い間、このコラムをご愛読いただき、本当にありがとうございました。ひとまずは、さようなら。いつかまた、必ずお会いしましょう!