第5回
一条真也
『おとなになれなかった弟たちに...』米倉斉加年著(偕成社)

 

 夏になると、「今年も終戦記念日が来るなあ」と思います。太平洋戦争は日本人にとって決して忘れられない深い悲しみの記憶です。
 戦争文学の名作といえば、最近では野坂昭如さんの直木賞受賞作「火垂るの墓」が思い浮かびます。1988年には高畑勲監督によってアニメ映画化され、日本中が涙しました。今年はついに実写映画化され、この7月5日から全国ロードショーされています。
 「火垂るの墓」は、戦争の混乱のなか、孤児となった幼い兄妹が精いっぱい生きた物語です。主人公の少年は、4歳になる妹を栄養失調で亡くしてしまいます。
 今回、紹介する本も太平洋戦争で幼い弟を亡くした少年の物語です。少年が小学校4年生のとき、戦争の真っ最中に弟が生まれ、ヒロユキと名づけられました。当時は食べ物がじゅうぶんにないため、お母さんのお乳も出なくなってしまいました。
 ヒロユキの食べ物は、ときどき配給される一缶のミルクだけでした。甘いものなど何もない時代、弟のミルクは育ち盛りでお腹がすいてたまらない少年にとって、あまりにも魅力的でした。弟にはミルクしかないのだとわかっていても、ついつい少年はそれを盗み飲みしてしまいます。
 戦争に行って行方知れずの父親。わずかな食べ物を子どもたちに与えすぎたため、自分の母乳が出なくなった母親。そして唯一の食べ物であるミルクを兄に奪われた弟は栄養失調で亡くなります。そのため、少年は一生消えることのない悲しみと罪の意識を背負って生きてゆくのです。この少年とは、俳優の米倉斉加年さんのことです。物語は、すべて実話なのです。
 米倉さんは「あとがき」に、「戦争ではたくさんの人たちが死にます。そして老人、女、子どもと弱い人間から飢えて死にます。私はそのことをわすれません」と書いています。
 小学生向けの絵本です。絵もすべて米倉さんが描かれています。悲しげな母親と少年の姿が胸に痛みます。夏休み、一人でも多くのお子さんに読んでほしいと思います。