第9回
一条真也
『三六九の子育て力』越川禮子著(ポプラ社)

 

 著者の越川禮子先生は、NPO法人江戸しぐさ理事長として、「江戸しぐさ」の素晴らしさを広く紹介されている方です。わが社でも、以前、越川先生をお招きして、いろいろとご指導いただきました。
 江戸しぐさとは、いったい何か。それは、江戸の商人を中心とした町人たちのあいだで花開いた「思いやり」のかたちです。出会う人すべてを「仏の化身」と考えていた江戸の人々は、失礼のないしぐさを身につけていました。譲り合いの心を大切にし、自分は一歩引いて相手を立てる。威張りもしなければ、こびることもしない。あくまでも対等な人間同士として、ごく自然に実践していたものが江戸しぐさなのです。
 しぐさは、ふつうは「仕草」と書きますが、江戸しぐさの場合は「思草」と書きます。「思」は、思いやり。「草」は草花ではなく、行為、行動の意味。つまり、その人の思いやりがそのまま行ないになったものなのです。
 江戸では、子どもの躾も思いやりを基本としました。ただし、教えてばかりでは、子どもが自発的に考えないし育ちません。そのため、教育という言葉のかわりに「養育」という言い方を好みました。
 その根底には、わが子が自分の頭で考え、自分の言葉で話し、1日も早く自立してほしいという親の願いがありました。そして、「三つ心、六つ躾、九つ言葉、十二文、十五理(ことわり)で末決まる」という言葉に表現される段階的養育を実践しました。
 すなわち、3歳までは心を育む。6歳になるまでは手取り足取り口移しで、繰り返し真似をさせる。9歳までには、どんな人にも失礼のないものの言い方で応対できるようにする。12歳では文章を書けるようにし、15歳では物事の理屈をわからせる。
 15歳といえば、「学に志す」と『論語』にあります。その後は30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る...とつながっていくわけです。
 大いなる人生の基礎をつくる、まさに江戸の子育ての知恵がつまった一冊です。