第5回
一条真也
「バラを愛する西洋人、桜を愛する日本人」
 西洋でもっとも愛されている花はバラです。ギリシャ・ローマ神話にはバラが登場します。神話は人間の無意識と関わっていますので、西洋人の心の奥底にはバラが存在しているのでしょう。
 古代ローマでは、「美」と「愛」がバラの属性となりました。まさにヴィーナスのシンボルだったわけですが、中世ヨーロッパでは「聖」が属性となり、聖母マリアのシンボルへと変わりました。
 ユング心理学などでは、バラの持つ究極のイメージとは「魂の完成」であるといいます。さらに西洋の秘教的伝統、すなわちオカルティズムの世界では、バラは霊的な成長プロセスの達成と開花、そして何よりも「永遠の生命」のシンボルとされました。
 このイメージを美しく結晶させた文学作品がダンテの『神曲』です。ダンテは地獄と煉獄をめぐった後、永遠の恋人であるベアトリーチェに導かれて最高天に至ります。そこで、無数の天使たちが渦となって巨大な純白のバラのかたちをなし、神の平安と至福をたたえる光景をダンテは目にするのです。
 バラが「永遠の生命」のシンボルであることは、ドライフラワーやプリザーブドフラワーの対象がほとんどバラである事実からも明らかでしょう。そのせいか、ローマ帝国の暴君ネロ、少年皇帝へリオガバルス、エジプトの女王クレオパトラなど、非業の死を遂げた人々はみな非常にバラを愛しました。
 でも、人類がずっと古代から求め続けてきたバラがあります。それは青いバラです。長い間、青いバラは世界中のバラ愛好家にとっての見果てぬ夢でした。なにしろ、英語の「ブルーローズ」は「不可能」という意味なのです。
 ギリシャ・ローマ神話が生まれた頃には、青いバラがないことがすでに知られていたといいます。また、『アラビアンナイト』では「愛」や「幸福」のシンボルとして青いバラが描かれました。
 しかし、ついに日本のサントリーフラワーズと、オーストラリアの植物工学企業のカルジーンパシフィック社(現フロリジン社)との共同研究開発により、世界で初めての青色色素を持ったバラが2004年に誕生しました。
 これまで「不可能」が花言葉であった青いバラは、「奇跡」という新たな花言葉を得たのです。生花店の店頭に神秘的な青いバラが並ぶ日も、そう遠くないことだと思われます。  西洋人が「永遠の生命」のシンボルであるバラを愛するなら、日本人は「限りある生命」のシンボルである桜を愛してきました。
  日本人がいかに桜が好きか。それは、福山雅治「桜坂」、宇多田ヒカル「SAKURAドロップス」、森山直太朗「さくら(独唱)」、河口恭吾「桜」、中島美嘉「桜色舞うころ」、ケツメイシ「さくら」、コブクロ「桜」、アンジェラ・アキ「サクラ色」、いきものがかり「花は桜 君は美し」、エレファントカシマシ「桜の花、舞い上がる道を」などの最近のヒット曲のタイトルを見ただけでよくわかります。毎年、桜に関する歌が発表されて、それがヒットする。これは、かなりすごいことではないでしょうか。
 平安時代より以前は、日本で単に「花」といえば、梅をさしました。平安以後は桜です。最初は「貴族の花」また「都市の花」であった桜ですが、武士が台頭し、地方農民が生産力を拡大させてくるにしたがって、しだいに「庶民の花」としての性格を帯びてきます。  よく「花は桜木、人は武士」という言葉が使われますが、これは江戸中期の歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」に用いられてから流行するようになりました。
 国学者の本居宣長は桜を日本人の「こころ」そのものとしてとらえ、「敷島の大和心を人とはば朝日に匂ふ山桜花」という和歌を詠んでいます。
 桜を見て、「ああ美しいなあ」と感嘆の声をあげること、難しい理屈抜きで桜の美しさに感動すること、これが本当の日本精神だというのです。
 日本人は、今でも桜を愛し続けています。