第58回
一条真也
『ツナグ』辻村深月著(新潮文庫)

 

 直木賞作家の連作長篇小説です。つい最近、映画化もされました。わたしも観ましたが、大ヒット作というだけあって、非常に面白かったです。主演の松坂桃李と主人公の祖母を演じた樹木希林の存在感には感心させられました。
 映画を鑑賞した翌日に、原作である本書を読みました。題名の「ツナグ」というのは、死者と生者をつなぐ使者のことです。ツナグは、一生に一度だけ、死者との再会を叶えてくれます。
 本書には「アイドルの心得」「長男の心得」「親友の心得」「待ち人の心得」「使者の心得」という五つの物語が収められています。それらの物語には、突然死したアイドルを心の支えにしていた孤独な OL、年老いた母親にガンであることを知らせることができなかった息子、親友に抱いてしまった嫉妬心に後悔の念を抱く女子高生、忽然と失踪してしまった婚約者を待ち続ける会社員、両親が謎の心中自殺を遂げた高校生が登場します。
 最後の高校生とは他ならぬツナグ自身のことですが、彼はさまざまな人々の死者との再会を仲介します。それぞれの想いが込められた一夜の邂逅は、読者の想像を超えた物語を生んでいくのでした。
 本書を読めば、誰でも「もし自分だったら、誰と会いたいか」と考えるでしょう。それも、自分が生者の場合と死者の場合と、両方のケースを思うでしょう。
 わたしたちは、死者とともに生きています。生者は、けっして死者のことを忘れてはなりません。死者を忘れて、生者の幸福などありえません。
 某宗教学者は、週刊誌で「生きている人が死んでいる人に縛られるのっておかしいと思いませんか?」などと述べていました。わたしは、彼の発言のほうがおかしいと思いました。なぜなら、生きている人間は死者から縛られるのではなく、逆に死者から支えられているからです。今の世の中、生きている人は亡くなった人のことを忘れすぎています。
 本書には、死者を想う生者の心が溢れていて、温かい気持ちになれました。また、ツナグが生者と死者を再会させる夜が、決まって満月というのも良かったです。月こそは、死後の世界のシンボルだからです。世界中の古代人たちは、月を死後の魂のおもむくところと考えました。
 ツナグは、いわゆる恐山のイタコのような霊能者ではありません。そこのところが、わたしには葬祭業者の姿にも重なって見えました。亡くなった故人と残された人々の心をつなぐ。「ツナグ」とは「おくりびと」の別名ではないかと思います。