第64回
一条真也
『楽園のカンヴァス』原田マハ著(新潮社)

 

 表紙カバーには、本書のテーマにもなっている素朴派の巨匠アンリ・ルソーの大作「夢」が印刷されています。
 著者は、1962年、東京都小平市生まれ。中学、高校時代を岡山市で過ごしています。大学卒業後は森ビル森美術館設立準備室などに勤めました。
 森ビル在籍時、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に派遣され同館にて勤務。その後フリーのキュレーター、カルチャーライターに転進し、2005年に「カフーを待ちわびて」で第1回日本ラブストーリー大賞受賞し、華々しいデビューを飾っています。
 本書は、スイスの大富豪の屋敷に掛かる絵をめぐるアートサスペンスですが、美術館のキュレーターが主役ということもあり、実際にその職業出身の著者の真骨頂というべき作品でした。
 この物語には、二枚の絵が登場します。一枚は、MoMAが所持するルソーの大作「夢」。そして、もう一枚は「夢」とほぼ同じ構図で、同じタッチの「夢をみた」という作品でした。「夢をみた」を所持する大富豪は、その真贋判定を若き二人の研究者に迫ります。日本人研究者の早川織絵とMoMAの学芸員ティム・ブラウンの二人です。大富豪は、七日間のリミットで真贋を正しく判定した者に作品を譲ると宣言し、ヒントとして謎の古書を手渡すのでした。その古書には、ピカソとルソーという2人の天才画家が生涯抱えた秘密が隠されていました。
 本書の白眉は、ルソーとピカソとの交流です。生前はまったく評価されず、現在でさえ評価が定まらないといわれるルソーですが、その才能を誰よりも認めていたのはピカソでした。
 大富豪から渡された謎の古書には、アポリネールとピカソがルソーのアトリエを訪問する場面が出てきます。そこには、次のように書かれています。
  「新鮮な絵の具で描き上げられた密林の絵や、生真面目に正面を向いた人物の肖像画を見せられて、いつもは平然と他の画家の作品を本人の前で批判するピカソは、すっかり黙りこんでしまったのでした。『すげえな。あの人は、ほんものの創造者だ。いや、破壊者だ』 ルソーのアトリエから帰る日々、独り言のように、けれどアポリネールの耳にはっきり届くように、ピカソはつぶやきました」
 二人の芸術家の交際はまさに「魂の交流」といった印象です。そして、ラストには大きな感動が待っています。美術ファンにはこたえられない一冊です。