第69回
一条真也
『負けかたの極意』野村克也著(講談社)

 

 著者は、日本では知らぬ者のいないほどの有名人です。日本のプロ野球界を代表する選手にして監督でした。監督生活24年、1565勝1563敗という業績です。あの「マー君」こと東北楽天イーグルズの田中将大投手も育てました。

 じつは、「現代の賢者」とも呼べる智恵の持ち主でもあり、多くの著書を上梓されています。わたしは昨年、第二回「孔子文化賞」を受賞させていただきましたが、著者こそは第一回目の受賞者であり、第二回授賞式にも来て下さいました。

 本書の白眉は、第二章「敗者の特権」でしょう。そこには、著者がけっして境遇や才能に恵まれていなかったことが赤裸々に述べられ、それにもかかわらず歴史にのこる選手および監督になれた秘密が明かされています。

 家が貧しかったがゆえに、家計を助けるためのアイスキャンディ売りをしましたが、お祭りが行われている場所などの下調べをしてから売りました。

 投球練習用キャッチャーとしてプロテストに合格しましたが、当時は禁じ手であった筋トレと素振りを繰り返して先輩キャッチャーを超えました。

 これまた、当時はタブーだったヤマカンを張っての打撃を行い、それが配球を読み始めたきっかけになりました。

 著者はつねに切迫した状況というか、ピンチの連続の中で、「頭を使い、知恵を絞る」ことによって運命を切り拓いてきたのです。そして、この「頭を使い、知恵を絞る」ことこそが敗者の特権であるというのです。そして知恵を絞って、「仮説→実行→確認」を繰り返した結果、著者は前人未到の記録を成し遂げることができたのです。

 「おわりに」で、著者は「不器用な人間はなかなか思うような結果が出ないから、必然的に努力しなければならない。嫌でも考えざるをえない。でも、器用な人間よりはるかに多くの試行錯誤をし、失敗や挫折を繰り返すなかで、少しずつ知識、理論、経験則といったものが蓄積されていく」と述べ、さらには「成長に欠かせない謙虚さも身についていく。つまり、まさしくウサギとカメのたとえ通り、長い目で見れば、不器用は器用に勝るのである」と書いています。

 これを読んで、わたしは唸りました。まさに、人生の栄光も辛苦も知り尽くした人の金言です。じつは、著者の本を読んだのは初めてなのですが、予想を遥かに超えて(失礼!)説得力があるので、かなり驚きました。なんだか著者が孔子の姿と重なってきたような気がします。