2014
05
株式会社サンレー

代表取締役社長

佐久間庸和

「冠婚葬祭は文化の核

 誇りをもって取り組もう!」

●『決定版 冠婚葬祭入門』の刊行


 4月中旬、わたしが一条真也として書いた『決定版 冠婚葬祭入門』(実業之日本社)が刊行されました。表紙には「基本マナーと最新情報を網羅!」「これ一冊で安心!」と書かれています。

 わたしは、これまで「遊び」「リゾート」「社会」「死生観」「宗教」「神話」「ファンタジー」「グリーフケア」「人間関係」「法則」「読書」、そして「経営」など、さまざまなジャンルの本を書いてきました。しかし、わが最大のメインテーマは「冠婚葬祭」です。
 ずっと、あらゆる年代の人々が実際に活用できる冠婚葬祭の入門書が書きたいと思っていました。ようやく念願かなって上梓することができ、まことに感無量です。
 わたしは、いわば「冠婚葬祭の専門家」として同書を上梓したわけですが、監修は、日本儀礼文化協会の方々にお願いしました。


●冠婚葬祭とは何か


 もともと日本語の「冠婚葬祭」は、儒教の「冠昏喪祭」に由来します。古代中国では昏いうちに婚礼をあげ、遺体を地中に葬り、その後も続く一連の葬礼を「喪(も)」と呼びました。その「冠昏喪祭」が日本に入ってきて「冠婚葬祭」となりました。
 それでは、「冠婚葬祭」とは何か。

 「冠婚+葬祭」として、結婚式と葬儀のことだと思っている人も多いようです。たしかに婚礼と葬礼は人生の二大儀礼ではありますが、「冠婚葬祭」のすべてではありません。「冠婚+葬祭」ではなく、あくまで「冠+婚+葬+祭」なのです。
 「冠」はもともと元服のことで、十五歳前後で行われる男子の成人の式の際、貴族は冠を、武家は烏帽子(えぼし)を被ることに由来します。現在では、誕生から成人までのさまざまな成長行事を「冠」とします。
 「祭」は先祖の祭祀です。追善供養、春と秋の彼岸や盆、さらには正月、節句、中元、歳暮など、日本の季節行事の多くは先祖を偲び、神を祀る日でした。現在では、正月から大晦日までの年中行事を「祭」とします。


●冠婚葬祭は文化の核である


 そして、「婚」と「葬」があります。

 結婚式ならびに葬儀の形式は、国により、民族によって、きわめて著しく差異があります。これは世界各国のセレモニーというものが、その国の長年培われた宗教的伝統あるいは民族的慣習といったものが、人々の心の支えともいうべき「民族的よりどころ」となって反映しているからです。
 日本には、茶の湯・生け花・能・歌舞伎・相撲といった、さまざまな伝統文化があります。そして、それらの伝統文化の根幹にはいずれも「儀式」というものが厳然として存在しています。儀式なくして文化はありえず、ある意味で儀式とは「文化の核」であると言えるでしょう。
 結婚式ならびに葬儀に表れたわが国の儀式の源は、小笠原流礼法に代表される武家礼法に基づきますが、その武家礼法の源は『古事記』に代表される日本的よりどころなのです。


●冠婚葬祭は「縁」を可視化する


 現在の日本社会は「無縁社会」などと呼ばれています。
しかし、この世に無縁の人などいません。どんな人だって、必ず血縁や地縁があります。そして、多くの人は学校や職場や趣味などでその他にもさまざまな縁を得ていきます。ただ、それに多くの人々は気づかないだけなのです。

 わたしは、「縁」という目に見えないものを実体化して見えるようにするものこそ冠婚葬祭だと思います。結婚式や葬儀、七五三や成人式や法事・法要のときほど、縁というものが強く意識されることはありません。

 冠婚葬祭が行われるとき、「縁」という抽象的概念が実体化され、可視化されるのではないでしょうか。そもそも人間とは「儀礼的動物」であり、社会を再生産するもの「儀礼的なもの」であると思います。
 わたしは、大学で孔子の思想などを教えています。講義では、特に孔子が説いた「礼」について重点的に説明します。「礼」は儀式すなわち冠婚葬祭の中核をなす思想ですが、平たく言うと「人間尊重」です。そして、「礼」を形にしたものが「儀式」です。
 孔子は「社会の中で人間がどう幸せに生きるか」ということを追求した方ですが、その答えとして儀式の重視がありました。人間は儀式を行うことによって不安定な「こころ」を安定させ、幸せになれるのです。その意味で、儀式とは、幸福になるためのテクノロジーであると言えるでしょう。カタチにはチカラがあるのです!


●すべてのものに感謝する機会


 冠婚葬祭とは、すべてのものに感謝する機会でもあります。
 七五三・成人式・長寿祝いなどに共通することは、基本的に「無事に生きられたことを神に感謝する儀式である」ということ。ですから、いずれも神社や神殿での神事が欠かせません。わたしは、「おめでとう」という言葉は心のサーブで、「ありがとう」という言葉は心のレシーブであると思っています。これまでの成長を見守ってきてくれた神仏・先祖・両親・そして地域の方々へ「ありがとうございます」という感謝を伝える(レシーブ)場を持つことが、人生を豊かに過ごしていくことにつながるのではないでしょうか。

 わたしは、儀式とは人類の叡智であり、冠婚葬祭とは日本人の知恵であると思います。冠婚葬祭によって、日本人は不安定な「こころ」を安定させ、幸せになる努力をしてきました。冠婚葬祭業ほど素晴らしい仕事はありません。
 ぜひ、みなさんも誇りをもって、この仕事に取り組んでいただきたいと思います。

 

 

 儀式こそ文化の核と知りたれば
            礼の仕事に誇り持つべし  庸軒