第86回
一条真也
『お客様満足を求めて』福地茂雄著(毎日新聞社)

 

 元アサヒビール会長兼CEO、元NHK会長である著者から送られた本です。
 著者は、わたしの高校の大先輩でもあります。3年前に開かれたマイケル・サンデル教授の歓迎レセプションで初めてお会いして以来、御指導を受けております。
 本書の「はじめに」の冒頭には、以下のように書かれています。
「アサヒグループの経営理念の柱は、『お客様満足』です。アサヒビール(社長、会長)、NHK、新国立劇場、東京芸術劇場とお客様や組織の形態は違いますが、経営を任されてきたなかで、私の経営判断の拠り所は常にこの『お客様満足』でした。よく『業界も異なると大変ですね』と言われますが、業界の違いは苦になりません。『お客様満足』という自らの信念に従って行動すれば、自ずと道は開けます」
 いきなり「お客様満足」という言葉が続けて登場しますが、著者は実際にその言葉の通りの人生を歩んできました。
 アサヒビール社長時代には、社内でも意見を二分した発泡酒への参入を決断しました。NHK会長時代には、大相撲の野球賭博事件が発覚し、視聴者からは多くの意見が届きましたが、結果的に相撲中継を中止するという決断をしました。さらに東京芸術劇場館長としては東日本大震災直後、コンサートの開催を決めて、チケット代を全て被災地に寄付するという決断をしました。これらの決断は、すべて「お客様満足」という判断基準に忠実に従ったものだったのです。
 本書を読んで、やはり著者の出身地である北九州に関するエピソードが印象に残りました。たとえば、著者が社長就任後に北九州市の実家へ帰ったときのエピソードが素敵です。久々の実家でくつろいでビールを飲んでいると、著者のお母さんが、「社長になっても傲慢になってはいけない」と、丸めた新聞で著者を叩き、その姿を写真に撮ったそうです。それを自分への戒めに使えということだとか。
 また、著者は母校・福岡県立小倉高校時代の恩師からいただいた「一期一会」という言葉を座右の銘にしているそうです。「現代は交通機関も発達し、インターネットも全盛。だからであろうか、一度の出会いを大切にすることが、蔑ろにされているやに感じる。改めて『一期一会』の意味を噛みしめたい」と書いています。
 著者は高校の恩師から「一期一会」という言葉をいただきましたが、わたしは高校の大先輩から「お客様満足」の教えをいただきました。本書には経営の「叡智」が溢れています。福地先輩、素晴らしい御本をありがとうございました!