第88回
一条真也
『火花』又吉直樹著(文藝春秋)

 

 お笑いコンビ「ピース」の又吉直樹氏が書いた小説『火花』が第153回芥川賞を受賞しました。著者の又吉氏は、1980年大阪府生まれ。吉本興業所属のお笑い芸人で、舞台の脚本も手がけ、雑誌での連載も多いことで知られています。
 小説処女作の本書は文芸誌である「文學界」2015年2月号に掲載されましたが、同誌を史上初の大増刷に導いた話題作となりました。そして、このたびの芥川賞受賞によって、いま最もホットな文学作品となったのです。
 じつは某テレビ局の番組で、いろんな仕事を紹介する就職のための番組があって、わが社の紫雲閣に少し前に取材依頼がありました。そのときのタレントが、「ピース]の二人組と橋本環奈ちゃんでした。わたしは正直「ピースはどうでもいいけど(失礼!)、天使過ぎるアイドルの環奈ちゃんには会いたいなあ」と思いましたが、結局はお断りしました。
 なぜなら、セレモニーホールというデリケートな職場にお笑い芸人を招いて、笑いを取られるのが嫌だったからです。でも、又吉氏ならいたずらに「死」を茶化さずに真摯に扱ってくれ、印象深いコメントを残してくれたかもしれないと、今では思います。ちょっと残念でしたね。
 本書の主人公は、漫才コンビ「スパークス」の徳永です。 彼は熱海の花火大会で「あほんだら」というコンビの神谷と出会い、居酒屋で飲みます。そのとき、徳永は20歳、神谷は24歳でした。初対面で、徳永は神谷の弟子になります。
 その後、二人は顔を合わすたびに、また電話でも、いつも「常在戦場」で漫才を始めるのでした。でも、徳永が口にした「笑いって、こんなに難しかったっけ?」という言葉をわたしも感じました。
 劇場でも、お笑い芸人たちは観客とシビアな戦いを繰り広げます。客が笑ったら、芸人の勝ち。笑わなかったら、芸人の負け・・・まるで格闘技のような殺伐とした笑いには違和感をおぼえます。わたしは、「お笑い」はもっとハッピーなものであると思います。たとえば、老人ホームを慰問するユルいお笑いなどです。
 でも、神谷の言葉はなかなか含蓄のあるものが多く、わたしも何度か唸りました。特に、ネットで悪口を書き込まれると気にして落ち込んでしまう徳永に対して、ネットによる匿名の誹謗中傷行為の本質を暴く神永の言葉は至言です。ぜひ実際に本書を手にして読んでみて下さい。わたしは大いに感心しました。
 最後に、著者が「お笑い」という自分のホームグランドではない新しいジャンルを書いた小説を読んでみたいと思いました。
 著書の才能はハンパではありませんので・・・。