第91回
一条真也
『ホンのひととき 終わらない読書』

 中江有里著(毎日新聞社)

 「読書の秋」にふさわしい1冊を紹介いたします。「毎日新聞」に連載された読書エッセイと「週刊エコノミスト」に連載された3年半におよぶ読書日記を中心に、選りすぐりの約100冊の本への想いを綴った本です。
 著者は1973年生まれ、大阪府出身の女優で作家でもあります。帯には書店で本を選んでいる著者の写真とともに、「ああ、もっと読みたい。」「偏読、雑読、併読、積ん読――楽しみ方いろいろあります。年間300冊の本を読み、読書家で知られる女優の初エッセイ。」と書かれています。
 著者は、フジテレビ系の「とくダネ!」にときどきコメンテーターとして出演しています。わたしは、カマボコ目が魅力的な著者に好感を抱いているのですが、まさかこんな素敵な読書本を書く人とは思いませんでした。本書には、テレビでのコメントと同様に、けっして押し付けがましくない知的な言葉が溢れています。
 特に、「診療室の待合室で」というエッセイが心に残りました。著者が風邪を引いて駆け込んだかかりつけの診療所の待合室。そこにやってきた幼い男の子の兄弟は待合室に入るなり、一目散に本棚を目指します。そして、兄弟は押し合いへし合い競いながら「それはボクの」「ちがうよーダメだよ」と絵本を取り合います。ようやくお気に入りの本を探し当てた2人は、仲良く母親を挟むように座り、揃って本を読み始めました。
 微笑ましい様子を眺めて著者が感じたことが次のように書かれています。
「なぜ子どもは、自分の読みたい本を探すことができるのでしょう? きっとそれは、子どもが好奇心のかたまりで、何でも知りたい! と思っているからではないでしょうか」
 続いて、著者は以下のように述べます。
「これがさまざまな経験を積んだ大人になると、『得になる読書』『情報を求める読書』つまり損得を求める合理的な読書になりがちです。忙しい時間の合間を縫って本を読むのだから、最低限の時間で最高の効能を求めたい、というのはわからなくはありません。でも『合理的』という言葉は、読書という行為にもっともそぐわないものです」
 本書には著者の子ども時代の読書体験、尊敬する児玉清さんとの出会いをはじめ、遠藤周作、東野圭吾、村上春樹、山本文緒など、著者お気に入りの作家たちの魅力が語られています。女優であり、作家、脚本家として物語を紡ぐ、著者の感性と日常がみずみずしい1冊です。
 もともとカマボコ目にはめっぽう弱いわたしですが(苦笑)、本書を読んでますます著者のファンになりました。