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一条真也
「バリ島で葬儀の本質に気づく 」

 

 先日、インドネシアのバリ島に行ってきました。わたしが会長を務める冠婚葬祭の業界団体の研修視察として、じつに四半世紀ぶりの訪問でした。数日前にインドネシア中部ロンボク島のリンジャニ山が噴火しました。海峡を挟んだ位置にあるバリ島のデンパサール国際空港は火山灰が上空に広がったため閉鎖されたので心配でしたが、無事に到着しました。

 現地では、俳優の観月ありささんが実業家と結婚式を挙げたばかりのブルガリ・ホテルをはじめ、いろんなリゾートホテルにも行きました。バリのリゾートウエディングはハワイやグアムよりも日本人には合っている気がします。いわゆる「アジアンリゾート」として沖縄に近い感じです。ちなみに、バリも沖縄も、神と人の交流が盛んなスピリチュアルな島として知られていますね。

 わたしたちは、「風葬の村」として知られるトゥルニャン村も訪れました。バリ島北部のバトゥール湖は世界遺産ですが、その湖畔にトゥルニャン村はひっそりとたたずんでいます。この村は三方を断崖絶壁に囲まれ、残りの一方を湖に遮られており、村への交通手段は対岸からのボートしかありません。この「陸の孤島」では、「風葬」によって死者を弔っているのです。

 「風葬」とは、遺体を野ざらしのまま朽ち果てさせる葬法です。かつては、沖縄や奄美諸島をはじめとする日本にもその風習が残されていました。

 トゥルニャン村の墓地には1本の大木がありました。「タルムニャン」と呼ばれる香木で、この木が香りを発することで、遺体から放たれる死臭をかき消しているそうです。

 確かに、死臭は感じませんでしたが、香木の香りも特に感じませんでした。おびただしい数の頭蓋骨とともに、死後一週間ほどの遺体もあり、わたしたちは合掌しました。風葬の村を訪れて、まさに「メメント・モリ(死を思う)」といった印象を受けました。

 バリ島の中でも、トゥルニャン村はけっして豊かな村ではありません。おそらくは風葬の習慣が残っているのは経済的な事情もあるように思えますが、風葬は1人あたり日本円でだいたい60万円ぐらいかかるそうです。どんなに貧しい人でも亡くなれば、村人たちが助け合って60万円の葬儀を出してあげるわけです。もちろん、村にあるヒンズー教の寺院において葬送儀礼がきちんと執り行なわれます。

 わたしは、葬儀とは人類普遍の「人の道」であることを再認識しました。儀式も行わずに遺灰を火葬場に捨ててくるという日本の「0葬」は、どう考えても異常です。

 じつはバリ島といえば、葬儀が有名です。しかし、それは風葬ではなく火葬のほうです。

 バリ島は、文化人類学者や宗教学者たちが熱いまなざしを注ぐ島として有名ですが、火葬による死者の葬いが、伝統的な生活の中で人々の最大の関心事であり、楽しみにさえなっていることで知られます。

 哲学者の中村雄二郎氏は、バリ島の演劇の主人公として人々とともに生きている魔女ランダを通じて、近代社会を根源的に問い直す「演劇的知」を追及した著書『魔女ランダ考』に次のように書いています。

 「まず、バリ島の人々にとって、死者の火葬の儀式は愉(たの)しい祭りであって、悲しい行事ではない。それというのも、火葬を行うことが彼らのもっとも神聖な義務の遂行になるからである。火葬によって死者の魂は解放され天上の世界に達して、より良い存在として生まれ変わることができるようになる。つまり、死と火葬とは、現世から来世の間に挟まれた、天国への魂の旅立ちなのである」

 バリ島では火葬による死者の葬いが、伝統的な生活の中で人々の最大の関心事であり、楽しみにさえなっています。バリ島の王国(ヌガラ)は「劇場国家」であるといわれます。ヌガラとは19世紀半ばにオランダが植民地化するまでバリ島に栄えたいくつかの小王国を指しますが、ヌガラが特別に関心の対象となるのは、その祭儀性にありました。バリ島では何らかの祭儀の行われる日が「実」の日であり、それ以外の日常の日は「虚」であるという考え方が支配していますが、儀礼こそが、それも葬礼こそがヌガラを成立させる条件となっているのです。

 そのように葬儀を何よりも重んじるバリ島において、「芸術とは何か」について考えました。わたしは、芸術の本質とは「魂を天上に飛ばすこと」だと考えています。人は芸術作品に触れて感動したとき、魂が天上に一瞬だけ飛ぶのではないでしょうか。

 絵画、彫刻、文学、映画、演劇、舞踊といった芸術の諸ジャンルは、さまざまな中継点を経て魂を天上に導くという、いわば間接芸術です。楽聖ベートーベンは「音楽は直接芸術である」と述べましたが、わたしは葬儀こそは真の直接芸術ではないかと思います。なぜなら、葬儀とは「送魂」という行為そのものだからです。バリのヒンズー寺院で、聖なるガムランの調べを聴きながら、そんなことを考えました。