第105回
一条真也
『この世界の片隅に』こうの史代著(双葉社)

 

 片渕須直監督のアニメ映画「この世界の片隅に」を観て非常に感動しました。
 今年一番わたしの心を揺さぶった映画に贈る「一条賞」の最有力候補です。大ヒットした「君の名は。」よりもずっと良かったです。
 漫画が原作と知り、早速購入して一気に読みました。しみじみと感動し、ラストでまた泣かされました。
 著者は、トーンを極力使わない絵柄で、日常生活を主なテーマとした様々なタイプの作品を執筆している漫画家です。活動範囲は児童書から青年誌まで広範囲に及び、イラストレーターとして書籍の挿絵を担当する他、同人誌での活動も行なっています。座右の銘は「私は常に真の栄誉を隠し持つ人間を書きたいと思っている」(ジッド)だとか。
 著者には、2004年に刊行された『夕凪の街 桜の国』(双葉社)という広島原爆を描いた代表作があります。第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞。田中麗奈主演で映画化され、07年7月に公開されました。心に沁みる名作でした。
 本書の舞台は太平洋戦争中の広島の軍都・呉です。終戦の前年となる昭和19年(1944年)に18歳で広島市から呉市へと嫁ぎ、人類史上初めて使用された核兵器である原爆が落とされたあの時代を懸命に生きた1人の女性すずの4年間を描いています。
 この作品には、戦時下にあった市井の人々の暮らしが丁寧に描かれています。貧しいながらも、各家庭には血縁・地縁が根づいた温かい生活があります。
 本書には、ひたすら日本の勝利を信じて必死に毎日を生きているごく普通の家族たちが登場します。現代人はみんな「戦争は良くない」と言いますが、それは後づけの考えでしかなく、戦争当時はみんな与えられた状況の中で生きるのに精一杯で「反戦」などというイデオロギーとは無縁だったのではないでしょうか。
 一方で、この作品ほど読後に「平和」というものを強く願う漫画もありません。かの「はだしのゲン」などと違って、本書には決して銃撃戦や血しぶきは出てきません。しかし、戦争という愚行が一般市民にまで取り返しのつかない被害が及ぶことを見事に表現しています。読みながら、何度も「もうやめてくれ!」と叫びたくなりました。
 本書のタイトルはラスト近くに、広島の橋の上で、すずが夫に向かって、「周作さん、ありがとう。この世界の片隅に、うちを見つけてくれてありがとう、周作さん」と語りかける場面から来ています。
 この場面、読むたびに泣けます。