第107回
一条真也
『宗教を物語でほどく』島薗進著(NHK出版新書)

 

 わたしは冠婚葬祭の会社を経営していますが、葬儀後のご遺族の悲しみを軽くするお手伝いにも取り組んでいます。
 「グリーフケア」というのですが、もともとはカトリックから生まれた考え方です。 日本におけるカトリックの殿堂といえば上智大学ですが、昨年、わたしは同大学で特別講義を行いました。上智大学グリーフケア研究所のお招きによるものでした。
 本書の著者・島薗進氏は同研究所の所長であり、東京大学名誉教授で、死生学を専門とする宗教学者として有名です。
 本書には「アンデルセンから遠藤周作へ」というサブタイトルがついています。宗教性を宿した物語を素材に、「死」「弱さ」「悪」「苦難」という4つのキーワードから、現代人にとっての宗教心をやさしく説いています。
 「あなたの宗教は何ですか」
 そう聞かれると、多くの日本人は答えに困ります。特定の宗教に長期にわたって帰依したことがない著者は「宗教心はあるのです」とか「目に見えないものを尊ぶ気持ちはあります」と答えるとか。
 しかし、「目に見えないものを尊ぶ気持ち」や「宗教心」といったものが何なのか、つまり現代における人々の宗教心を考えるには、伝統的な宗教そのものを見ているだけでは物足りなく感じられます。
 著者は「宗教は物語を好む」ことに注目することを提案し、こう述べます。
「神話や伝説は宗教と切り離して考えることはできない。聖典のなかにも多くの物語が含まれている。宗教の教えを多くの人びとに伝えるうえでは、こむずかしい教義ではなく、ストーリーに引き込まれ、共感しながら学ぶことのできる物語の方が親しみやすいからだ」
 伝統的な宗教が伝えてきたものを尊びながら、柔軟に新たな世界観、人間観、死生観に沿った生き方を求めることも可能です。「そこで、物語が大きな力を発揮する」と著者は訴えます。
 たとえば、アンデルセン童話。
 キリスト教の説く「永遠のいのち」の源には「他者を愛する心」や「他者の悲しみを知る心」が感応する尊い何かがあります。アンデルセンは、キリスト教の教えの枠をあえて踏み出しつつ、「死を超える」リアリティを描き出しました。
 わたしも、『涙は世界で一番小さな海』(三五館)、『死が怖くなくなる読書』(現代書林)で、アンデルセンの『人魚姫』と『マッチ売りの少女』を論じました。あらゆる人にとって最大の問題である「死」を説明するとき、医学や哲学や宗教の他に、物語という方法があるのです。