第115回
一条真也
『いくつになっても、今日がいちばん新しい日』

 日野原重明著(PHP研究所)

 聖路加国際病院名誉院長だった著書は、超高齢社会のニッポンのシンボルような方でした。多くの信奉者がいたことで知られます。7月18日に105歳で亡くなられました。心より哀悼の意を表したいと思います。
 本書は、2002年に講談社から発刊された『いのちを創る』を改題・再編集のうえ復刊したものです。亡くなるちょうど2カ月前に書かれた「はじめに」の冒頭を、著者は以下のように書きだしています。
 「私は昨年の10月に満105歳を迎えました。これまで駆け続けてきた人生で、私が大切にしてきたのは、『いくつになっても、今日がいちばん新しい日』であるという考えかたです。そして今、若かりしころよりもむしろ歳を重ねてからのほうが、新たに始まる今日という日の輝きは増しているように感じています」
 本書を読んで、わたしが最も個人的に勉強になったのは、耳の遠くなった老人についての以下のくだりでした。 「老人性難聴は、老人を言葉の世界から追いやり、孤独にします。言葉がわからないと、つい外出を嫌い、自閉的に振る舞います。そこで老人には、言語が把握できる程度の声の大きさと、間をおいて歯切れよく、耳近くで語りかける努力が、語りかける側に必要となります。ゆっくりジェスチャーを交えての配慮ある語らいが、老人を孤独から救います」
 著者は、「見る」「聞く」「言う」の3つの感覚を失いながらも、素晴らしい教育者となったヘレン・ケラーが「自分が失った感覚の中で、何か1つ与えられるとなったら、私は聴力を取りたい」と語ったエピソードを紹介します。そして、人の声は愛情をじかに伝えると訴え、「テレビを音なしで見るよりも、画像のないラジオを聞くほうが、はるかに奥深いものを含んでいるのではないでしょうか。老人に話しかける側の細かく配慮された言動が、増幅器のごとく、受ける老人の聴力を高めるのです」と述べています。
 大いに納得しましたが、この他にも、著者は老人が健康に長生きするうえで重要なさまざまなことを平易な言葉で語っています。 著者は、戦後いち早く、患者と対等に接する医療に着目され、看護教育の充実などに取り組まれました。
 また、ベストセラーの『生きかた上手』をはじめ、とにかく重くなりがちな「命」や「死」についての話をソフトに語る姿勢が幅広い世代に親しまれました。
 超高齢社会のネガティブな側面ばかりが強調される昨今ですが、著者は「老い」の豊かさを生涯にわたって説き続けた方でした。
 わたしは本書を「老い」のガイドブックとして、これから何度も読み返したいです。