第127回
一条真也
『日日是好日』 森下典子著(新潮文庫)
 「にちにちこれこうじつ」と読みます。
 残念ながら北九州には上映館がありませんが、10月13日から公開されている日本映画の原作エッセイです。「『お茶』が教えてくれた15のしあわせ」という副題です。
 著者は、学生の時代からお茶を習い始めて25年。就職につまずき、いつも不安で自分の居場所を探し続けていました。失恋、父の死という深い悲しみのなかで、気がつけば、そばにいつも「お茶」がありました。
 お茶の世界はがんじがらめの決まりごとだらけですが、その向こうには「自由」がありました。「ここにいるだけでよい」という心の安息を得て、雨が降れば、その匂いを嗅ぎ、雨の一粒一粒を聴く。めぐる季節を五感で味わう歓びとともに、著者は「いま、生きている!」という感動をおぼえるのでした。
 本書では、雨、海、瀧、涙、湯、茶などが重要な場面で登場します。これらはすべて「水」からできています。地球は「水の惑星」であり、人間の大部分は水分が占めています。つまり、「水」とは「生」そのものなのです。
 水は形がなく不安定です。それを容れるものが器です。本書を読んで、わたしは「水」とは「こころ」、器とは「かたち」のメタファーであることに気づきました。
 「こころ」も形がなくて不安定です。ですから、「かたち」に容れる必要があるのです。その「かたち」には別名があります。「儀式」です。茶道とはまさに儀式文化であり、「かたち」の文化です。
 また、茶で「もてなす」とは何でしょうか。
 それは、最高のおいしいお茶を提供し、最高の礼儀をつくして相手を尊重し、心から最大限の敬意を表することに尽きます。そして、そこにこそ「一期一会」という究極の人間関係が浮かび上がってきます。
 著者は「雨の日は、雨を聴く。雪の日は、雪を見る。夏には、暑さを、冬には、身の切れるような寒さを味わう・・・・・・どんな日も、その日を思う存分味わう」と書き、お茶とは、そういう「生き方」なのだと言います。
 そうやって生きれば、人間はたとえ、まわりが「苦境」と呼ぶような事態に遭遇したとしても、その状況を楽しんで生きていけるかもしれないというのです。
 雨が降ると、わたしたちは「今日は、お天気が悪いわ」などと言いますが、本当は「悪い天気」というものは存在しません。雨の日を味わうように、他の日を味わうことができるなら、どんな日も「いい日」になります。それが「日日是好日」ということ。
 本書は最高の茶道入門であり、『新・茶の本』であり、そして現代人のための幸福論であると思いました。