第132回
一条真也
『一切なりゆき~樹木希林のことば~』樹木希林著(文春新書)
 日本を代表する名女優であった樹木希林さんが、昨年9月15日に75歳で逝去されました。全身をがんに侵されながらも、常に「死ぬ覚悟」を持って生き抜かれた方でした。その生き様は、超高齢社会、多死社会を生きる日本人の1つの模範になりました。
 本書には、樹木さんの生前の言葉がたくさん集められています。樹木さんの語り口は平明で、いつもユーモアを添えることを忘れていませんが、そのメッセージは非常に深く、人間にとって大切なことを教えてくれます。
 特に、わたしの心に強く残った言葉を紹介いたします。樹木さんは、全身がんである自分の「死」について、亡くなる前年に次のように語りました。 「今の人たちは死に上手じゃなくなっちゃってるよね、もう、いつまで生きてるの?っていうぐらい、死なないし。生きるのも上手じゃないし。彼岸と此岸っていうじゃない。向こう岸が彼岸、彼の岸ね、こっち岸は此岸、こっち岸って書いて此岸っていう言い方があるじゃない。要するに生きているのも日常、死んでいくのも日常なんですよ。」(2017年1月)
 また、自身の家族について樹木さんは以下のように語っています。 「ほんとに笑っちゃうような家庭で、複雑なんだけど、それも面白がるような家族でしたね。あんまり当たり前の感覚はわからないんですが、それでも夫婦が同じお墓に入っているというのは、子孫にとっては安心なんですね。もちろん子どもが離婚したら、当事者よりも親の気持ちのほうが動揺するけれども、それと同じように、子孫から見たら親がちゃんとしているほうがいいかなって。」(2008年7月)
 さらに、娘さんの也哉子さんが本木雅弘さんと結婚するときのエピソード。 「今回結婚式をしなさいと(娘に)言ったのも『ひとつここで自分を晒しなさい』と言ったのね。世の中に対して『こういうわけで自分たちは結婚します』という意思表示をする。儀式にはそういう意味がありますね。その意思表示をきちんとしておくと、もし、それが壊れても、壊れたことがとてもその人の成長に役に立つんだよと、言ったんですね。」(1995年7月)
 夫だった内田裕也さんとともに世間に対しては斜に構えている印象が生前の樹木さんにはありました。しかし、誰よりも「死」について考え、「家族」について考えた人でした。哲学書の香りさえする本書は、わたしたちが幸福に生きるためのヒントに溢れています。
 なお、裕也さんも今年3月17日に79歳で逝去されました。ご冥福をお祈りいたします。