第37回
一条真也
『満月をきれいと僕は言えるぞ』

 宮田俊也&山元加津子著(三五館)

 2009年2月20日、金沢にある特別支援学校教諭の"宮ぷー"こと宮田俊也さんが脳幹出血で突然倒れました。
一命は取り留めたものの、宮田さんは「植物状態」と宣告されます。そして、日本語で「閉じ込め症候群」と訳される「ロックト・イン・シンドローム」となりました。思いをしっかりと持っていながら、体のどこも動かないために、自分の思いを伝える方法がなく、心が閉じ込められた状態です。
 まさに絶望的な状況だと言えますが、彼には、どんな状況になっても人は絶対に意思を持っていると疑わない元同僚の"かっこちゃん"こと山元加津子さんがいました。
 かっこちゃんは、意思伝達装置という福祉機器を使って、宮ぷーの気持ちを引っ張り上げます。意思伝達装置とは、さまざまな障害で会話ができない方たちが、意思を伝えることができるように補助する装置です。じつは、医療関係者や障害者の方の家族でもその存在はほとんど知られていないのが現状だそうです。
 本書の「まえがき」には、次のように書かれています。
「近視にはメガネやコンタクトが必要とだれでも知っているように、もし世界中に、意思伝達の方法や意思伝達装置の存在が当たり前になっていたら、その現実は大きく変わっていたでしょう。
 ただ、『知らない』というそれだけのために、たったそれだけの理由のために、何年も何十年もの長い間、心を閉じ込めて、目の前の人に『大好き』と言えない。『ありがとう』と言えない。『さびしかった』と言えない。心が通わせられない。そんなことがあっていいはずはないのです」
 本書には、意思伝達装置の一つである「レッツ・チャット」を駆使して、宮田さんの気持ちが見事に伝わるまでの感動的なエピソードが綴られています。
 特別支援学校の教員を長く務めている山元さんは、どんなに障害の重い子どもたちでも、必ず誰もが思いを持っていて、それを他人に伝えたいのだということを確信していました。そして、ともに気持ちを伝える方法を探して、それが見つかったときの喜びは計り知れないことを知っていました。
 その山元さんの奮闘ぶりは、かのヘレン・ケラーに「WATER」と言わせたアン・サリバンを思わせます。
 本書を読んだわたしは、人が他人に意思を伝達できるということの不思議と大切さ、そして企業のあり方について、いろいろと考えさせられました。