第10回
一条真也
「幸福になる一番簡単な方法は、他人の幸せを願うことです」ラッセル

 言葉は、人生をも変えうる力を持っています。今回の名言は、数学者で哲学者のバートランド・ラッセルの言葉です。
 ラッセルは20世紀を代表する知の巨人です。アインシュタインが20世紀の理科系の知の代表なら、ラッセルは文科系の代表とされるほどの超大物です。

 その天才ぶりは多面的な活躍によく表れています。まず、ラッセルは数学の天才です。ホワイトヘッドとともに『数学原理』という大著を著しました。これは、数学と論理学を結合した、とにかく物すごい本です。それから、ラッセルは哲学の天才です。『西洋哲学史』というこれまた大著をまとめ、なんとノーベル文学賞を受賞しています。数学と哲学史における史上最高の名著が同一人物によって書かれたというのは信じられないことですが、正真正銘の事実です。

 彼は多面的に「法則」というものを追求した人でした。また同時に、「幸福」を追求した人でもありました。彼は、つねに人類の幸福というものを視野に入れ、第一次世界大戦の頃から反戦運動を展開しました。また、米ソの冷戦中は核兵器廃絶運動を盛り上げています。そして、58歳にして『幸福論』を書き上げました。この本は大ベストセラーとなり、欧米では今もロングセラーとして多くの人々に読まれています。

 同書の最大のキーワードこそ、「ねたみ」です。「民主主義の根底にはねたみがある」と指摘し、自己評価が客観的でないと被害妄想が生まれると述べています。そして、その被害妄想が「ねたみ」と結びつき、人を不幸にするといいます。その際に自分の「ねたみ」を認識できないと、それを正当化しようとする自己欺瞞が生まれると、ラッセルは主張します。
 「願望は実現する」という「引き寄せの法則」のルーツは、「求めよ、さらば与えられん」というキリスト教的幸福論だとされています。

 ラッセルの考えはこれとは一線を画しています。他人への「ねたみ」から欲望が生まれ、それが煩悩となり、ついには不幸となるという点は仏教的ですらあります。「法則ハンター」であったラッセルには、「ねたみ」から生まれる欲望は「呪い」に通じるという法則を知っていたのでしょう。
 逆に「幸福になる一番簡単な方法は、他人の幸せを願うことです」という彼のメッセージは、イエス・キリストの本心に最も近かったように思えます。