第11回
一条真也
「幸せであれ 平穏であれ 安からであれ」ブッダ

 

 言葉は、人生をも変えうる力を持っています。今回の名言は、仏教の開祖であるブッダの言葉です。
 先日、わたしは『慈経 自由訳』(三五館)を上梓しました。「慈経」(メッタ・スッタ)は、ブッダの本心がシンプルに、そしてダイレクトに語られている、最古の仏典の1つであり、重要なお経です。上座部仏教の根本経典であり、大乗仏教における「般若心経」にも比肩します。上座部仏教はかつて、「小乗仏教」など蔑称されましたが、僧侶たちは厳しい修行に明け暮れてきました。

 「メッタ」とは、「慈しみ」という意味になります。「スッタ」とは、「たていと」「経」を表します。興味深いことに、ブッダは満月の夜に「慈経」を説いたと伝えられています。満月とは、満たされた心のシンボルにほかなりません。
 わたしは、「慈悲の徳」を説く仏教の思想、つまりブッダの考え方が世界を救うと信じています。「ブッダの慈しみは、愛をも超える」と言った人がいましたが、仏教における「慈」の心は人間のみならず、あらゆる生きとし生けるものへと注がれます。生命のつながりを洞察したブッダは、人間の清らかな高い心を得るために、すべての生命の安楽を念じる「慈しみ」の心を重視しました。そして、すべての人にある「慈しみ」の心を育てるために「慈経」のメッセージを残しました。

 「慈経」には、「すべての生きとし生けるものが幸せであれ 平穏であれ 安らかであれ」という言葉が繰り返し登場します。この言葉は、あらゆる人間、あらゆる生命へ向けての最高の言霊ではないでしょうか。また、「慈経」には、わたしたちは何のために生きるのか、人生における至高の精神が静かに謳われています。人間の「あるべき姿」、いわば「人の道」が平易に説かれているのです。

 「足るを知り 簡素に暮らし 慎ましく生き」といった仏教の根本思想をはじめ、「相手が誰であろうと けっして欺いてはならぬ」「どんなものであろうと 蔑んだり軽んじたりしてはならぬ」「怒りや悪意を通して他人に苦しみを与えることを 望んではならぬ」といったメッセージも説かれています。
 その内容は孔子の言行録である『論語』、イエスの言行録である『新約聖書』の内容とも重なる部分が多いと思います。