2014
03
株式会社サンレー

代表取締役社長

佐久間庸和

「『慈経』が日本を救う

 日本仏教をアップデートしよう!」

●『慈経 自由訳』の出版

 

 2月21日、『慈経 自由訳』(三五館)がついに刊行されました。
 わたしの自由訳した文章とともに、世界的写真家リサ・ヴォートさんが撮影した素晴らしい写真の数々が掲載されています。
 「慈経」(メッタ・スッタ)は、仏教の開祖であるブッダの本心が最もシンプルに、そしてダイレクトに語られている、最古にして最重要であるお経です。上座部仏教の根本経典であり、大乗仏教における「般若心経」にも比肩します。
 上座部仏教はかつて、「小乗仏教」などと蔑称された時期がありました。しかし、上座部仏教の僧侶たちはブッダの教えを忠実に守り、厳しい修行に明け暮れてきました。
 「メッタ」とは、怒りのない状態を示し、つまるところ「慈しみ」という意味になります。
「スッタ」とは、「たていと」「経」を表します。

 

 

●満月の夜に説かれた経

 

 興味深いことに、ブッダは満月の夜に「慈経」を説いたと伝えられています。
満月とは、満たされた心のシンボルにほかなりません。
 わたしは、「慈悲の徳」を説く仏教の思想、つまりブッダの考え方が世界を救うと信じています。「ブッダの慈しみは、愛をも超える」と言った人がいましたが、仏教における「慈」の心は人間のみならず、あらゆる生きとし生けるものへと注がれます。
 生命のつながりを洞察したブッダは、人間が浄らかな高い心を得るために、すべての生命の安楽を念じる「慈しみ」の心を最重視しました。そして、すべての人にある「慈しみ」の心を育てるために「慈経」のメッセージを残したのです。
 そこには、「すべての生きとし生けるものが幸せであれ 平穏であれ 安らかであれ」と念じるブッダの願いが満ちています。

 

 

●「人の道」を示す

 

 また、「慈経」には、わたしたちは何のために生きるのか、人生における至高の精神が静かに謳われています。わたしたち人間の「あるべき姿」、いわば「人の道」が平易に説かれているのです。
 「足るを知り 簡素に暮らし 慎ましく生き」といった仏教の根本思想をはじめ、「相手が誰であろうと けっして欺いてはならぬ」「どんなものであろうと 蔑んだり軽んじたりしてはならぬ」「怒りや悪意を通して他人に苦しみを与えることを望んではならぬ」といった道徳的なメッセージも説かれています。
 その内容は孔子の言行録である『論語』、イエスの言行録である『新約聖書』の内容とも重なる部分が多いと、わたしは思っています。
 そして、わたしは、この「慈経」が普及することによって、日本仏教の再生にもつながるのではないかと思っています。

 

 

●制度疲労した日本仏教

 

 2010年1月に、日本人の「こころ」に暗雲を漂わす2つの言葉が生れました。「無縁社会」と「葬式は、要らない」です。
 前者はNHKスペシャルのタイトルで、後者は幻冬舎新書の書名ですが、わたしは両者は同じ意味だと思います。このような言葉が生れてきた背景には、日本仏教の制度疲労があると思います。何の制度かというと、いろいろあるのですが、最も大きなものは檀家制度でしょう。身寄りのない高齢者、親類縁者のない血縁なき人々が急増して、それこそ檀家という制度が意味を成さなくなっています。
 檀家制度とは、もともと戸籍を管理するという政治的な発想で生れてきました。もちろん、今でも多くのお寺には多くの檀家さんがおられ、仏教を通じての縁を結んでおられるわけですが、そういった幸せな方々とは無縁の孤独な方々も増えているという事実を見逃してはなりません。

 

 

●上座部仏教と日本人

 

 そこで、登場するのがこれまで日本人には馴染みの薄い上座部仏教です。わたしは思うのですが、最澄、空海、法然、親鸞、栄西、道元、日蓮といった方々はブッダのエージェントというか、代理人のような存在であった。ならば、代理人によらないブッダという情報発信源にダイレクトにつながる仏教もある。それが、上座部仏教ではないかと思います。無縁社会を生きる方々は、ぜひ、ブッダと直接つながるべきでしょう。
 くれぐれも誤解しないでほしいのは、わたしは日本仏教、大乗仏教を否定しているわけではありません。檀家としてお寺と縁を結んでおられる方々は、そのまま続けられるとよいでしょう。でも、檀家になれない方々には、上座部仏教と縁を結ぶという選択肢もあるのではないでしょうか。

 

 

●二つの仏教のコラボ


 これからの日本に必要なのは、「世界平和パゴダ」が伝える上座部仏教と大乗仏教のコラボであり、ミャンマー仏教と日本仏教のコラボです。 
 そして、上座部仏教の根本経典である「慈経」の教えこそは、時代に遅れつつある日本仏教がアップデートするための大きな力となるのではないでしょうか。
 「慈経」の教えは、老いゆく者、死にゆく者、そして不安をかかえたすべての者に、心の平安を与えてくれます。

 「無縁社会」や「老人漂流社会」などと呼ばれ、未来に暗雲が漂う日本人にとって最も必要なお経が「慈経」であると確信しています。この自由訳で、多くの日本人が幸福になってくれることを願っています。
 わたしたちサンレーグループは日本仏教のアップデートのお手伝いをするというこの上なく有難いミッションを授けられているのです。


 慈しみ説く月の経 広めれば
          仏の光浴びる日の本   庸軒