第15回
一条真也
「礼は人の道である」松下幸之助

 

 言葉は、人生をも変えうる力を持っています。今回の名言は、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助の言葉です。パナソニック創業者であり、幾多の苦難の末に経営者として稀にみる大成功を収めた彼は、渾身の著書『人間を考える』(PHP文庫)において、「礼」の問題を追求しました。そして、「礼をするから人間である」、さらには「礼は人の道である」と喝破しました。

 わたしは日頃から「礼経一致」の精神を大事にしたいと考えていますが、「経営の神様」といわれた松下幸之助も「礼」を最重要視していました。彼は、世界中すべての国民民族が、言葉は違うがみな同じように礼を言い、挨拶をすることを不思議に思いながらも、それを人間としての自然の姿、人間的行為であるとしました。すなわち礼とは「人の道」であるとしたのです。 

 そもそも無限といってよいほどの生命の中から人間として誕生したこと、そして万物の存在のおかげで自分が生きていることを思うところから、おのずと感謝の気持ち、「礼」の気持ちを持たなければならないと人間は感じたのではないかと松下幸之助は推測します。
ところが、その人間的行為である「礼」が、実際には行なわれなくなってきました。挨拶もしなければ、感謝もしないのです。

 礼とは価値観がどんなに変わろうが、人の道、「人間の証明」です。それにもかかわらず、お礼は言いたくない、挨拶はしたくないという者がいます。松下幸之助は、「礼とは、そのような好みの問題ではない。自分が人間であることを表明するか、猿であるかを表明する、きわめて重要な行為なのである」と説きました。ましてや経営や組織で1つの目的に向かって共同作業をするとすれば、当然、その経営、組織の中で互いに礼を尽くさなければなりません。

 松下幸之助はさらに言います。
 「礼とは、素直な心になって感謝と敬愛を表する態度である」と。商いや経営もまた人間の営みである以上、人間としての正しさに沿って行なわれるべきであることを忘れてはなりません。礼は人の道であるとともに、商い、経営もまた礼の道に即していなければならないのです。礼の道に即して発展してこそ、真の発展なのです。
 70年間で実に7兆円の世界企業を築き上げ、ある意味で戦後最大の、いや近代日本で最大の経営者といえる松下幸之助が最も重んじていたものが人の道としての「礼」と知り、わたしは非常に感動しました。