第16回
一条真也
「動機善なりや私心なかりしか」稲盛和夫

 

 言葉は、人生をも変えうる力を持っています。今回の名言は、現代日本を代表する経営者である稲盛和夫氏の言葉です。

 稲盛氏は京セラ、KDDI、JALと、これまで多くの企業の経営に携わってきました。そして驚くべきことに、それらのすべてにおいて成功を収めました。その際、稲盛氏はつねに心の中で「動機善なりや私心なかりしか」と自問し続けてきたそうです。

 著書『稲盛和夫の哲学』の中で、稲盛氏は日本人にいま求められていることは、「人間は何のために生きるのか」という、最も根本的な問いに真正面から向かい合い、哲学を確立することだと述べています。

 政治にしても、経営にしても、倫理や道徳を含めた首尾一貫した思想、哲学が必要であることは言うまでもありません。しかし、政治家にしても経営者にしても、その大半は哲学を持っていません。

 そのような現状で、「動機善なりや、私心なかりしか」と唱え続ける稲盛氏こそは、経営における倫理・道徳というものを本気で考え、かつ実行されている稀有な経営者であると言えるでしょう。

 2010年2月にJALの会長に就任以来、そのスピード再生に伝家の宝刀である「アメーバ経営」を導入されました。その結果、JALは見事な復活を遂げ、再上場を果たしました。インサイダー取引だとか何だとか揚げ足を取るよりも、「動機善なりや私心なかりしか」という稲盛氏のフィロソフィーが、JAL社員の「こころ」に届いた結果であるといます。

 「会社は社会のもの」であり、「人が主役」と喝破したのは、ピーター・ドラッカーです。会社とは経営者のものでも組合のものでもなく、社会のものなのです。そして会社とは、人間を幸せにするために存在しているのです。会長就任時に「なぜ、日航会長を引き受けたのか」というマスコミの質問に対して、「日航の社員を幸せにしたいからです」と即答した稲盛氏の堂々とした姿に、わたしは大いに感動しました。じつは、わたしも一昨年に高齢者介護事業に進出したとき、今年から宅食事業に進出したとき、「動機善なりや私心なかりしか」を自問しました。

 わたしは第2回「孔子文化賞」を稲盛氏と同時受賞させていただきました。わたしが最も尊敬する「孔子」の名を冠した賞を、稲盛氏ほどの哲人経営者と同時に頂戴したことは、わたしの生涯忘れぬ思い出となりました。