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一条真也
『論語』

 

 わたしは、紀元前551年に生まれた孔子を人類史上で最も尊敬している。ブッダやイエスも偉大だが、孔子ほど「社会の中で人間がどう幸せに生きるか」を考えた人はいないと思う。
 その孔子とその門人の言行録が『論語』である。よく、『論語』を孔子の著書と誤解している人がいるが、あくまで孔子の言葉や行動を弟子たちが記録したものなのだ。
 『論語』は、千数百年にわたって読み継がれてきた。特に、日本人の心に大きな影響を与えてきた。江戸時代になって徳川幕府が儒学を奨励するようになると、必読文献として、武士階級のみならず、庶民の間にも広く普及した。
 わたしが40歳になる直前のことである。不惑の年を迎えるにあたり、何をすべきかと色々考えた。
 そして、「不惑」が『論語』に由来することから、『論語』の精読を決意した。
 その少し前に冠婚葬祭を業とする会社の社長になったこともあり、儀礼の根本思想の「礼」を学び直したいという考えもあった。
 学生時代以来久しぶりに接する『論語』だったが、一読して目から鱗が落ちる思いがした。当時の自分が抱えていた、さまざまな問題の答えがすべて書いてあるように思えたのである。そして、『論語』を読むことによって、わたしは実際に「不惑」を手に入れた。
 伊藤仁斎は「宇宙第一の書」と呼び、安岡正篤は「最も古くして且つ新しい本」と呼んだが、本当に『論語』一冊あれば、他の書物は不要とさえ思った。  わたしは大学の客員教授として、多くの学生たちに『論語』を教えてきた。『世界一わかりやすい「論語」の授業』(PHP文庫)も上梓した。
 その功績により、2012年に第2回「孔子文化賞」を稲盛和夫氏と同時受賞できたのは望外の喜びであった。