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一条真也
『古事記』

 

 『古事記』は、『日本書紀』と並んで、日本人にとって最も重要な書物である。ともに日本の神話が記されており、両書を総称して「記紀(きき)」といい、その神話を総称して記紀神話と呼ぶ。
 『古事記』は日本最古の歴史書であり、『日本書紀』は最古の官撰の正史とされる。記紀では、神話が歴史の中に含められ、神々が姿を現して日本の国を整え、やがて人の歴史へと続く流れが一連の出来事として記載されている。
 そんな日本神話がなぜ「こころの世界遺産」なのか。それは、日本神話には世界中の神話の断片が詰まっているからである。
 20世紀を代表する文化人類学者のレヴィ・ストロースは、世界各地に散在する神話の断片が『古事記』や『日本書紀』に網羅され集成されている点に注目した。
 構造人類学を提唱した彼は、他の地域ではバラバラの断片になった形でしか見られないさまざまな神話的要素が記紀ほどしっかりと組み上げられ、完璧な総合を示している例はないというのだ。いわば、世界の神話の集大成が日本神話であると述べているわけである。
 国学者の本居宣長は、大著『古事記伝』によって、『古事記』の再評価を図った。宣長は、漢文によって書かれたがゆえに、さかしらな「漢意(からごころ)」に満ちた書として『日本書紀』を低く評価し、逆に『古事記』を「やまとごころ」の書として絶賛した。
 宣長以降で、『古事記』を生き生きと描き直したのは宗教哲学者の鎌田東二による『超訳 古事記』であろう。来年1月、サンレー創立50周年記念に、同書を原作とした「古事記」の舞台を北九州芸術劇場で上演する。芸術監督は、ロシア功労芸術家のレオニード・アニシモフである。ご期待あれ!