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一条真也
『アンデルセン童話集』

 

 デンマーク生まれのハンス・クリスチャン・アンデルセンこそは、世界で最も有名な作家ではないか。
 彼ほど、さまざまな国の子どもから大人まで広く知られている書き手は存在しない。ゲーテ、シェイクスピア、スタンダール、ドストエフスキー、夏目漱石といった世界の文豪たちよりもアンデルセンの名は広く知られ、その作品は多くの人々に読み継がれている。
 「みにくいアヒルの子」や「裸の王様」といった彼の作品の名を聞けば、誰でもそこに込められているメッセージを即座に理解することができる。これは凄いことだ。
 そして、アンデルセンは「裸の王様」ならぬ「童話の王様」と呼ばれた。彼は童話という小さな枠の中にあらゆる舞台を取り入れ、人間の本性を見極ようとした。
 ドイツ語の「メルヘン」の語源には「小さな海」という意味があるそうだ。大海原から取り出された一滴でありながら、それ自体が小さな海を内包しているのである。
 アンデルセンは、「涙は人間がつくるいちばん小さな海」という言葉を残している。涙は人間が流すものだ。どんなときに人間は涙を流すのか。それは、悲しいとき、寂しいとき、つらいときである。
 それだけではない。他人の不幸に共感して同情したとき、感動したとき、そして心の底から幸せを感じたときではないだろうか。
 つまり、人間の心はその働きによって、普遍の「小さな海」といえる涙を生み出すことができるのだ。
 特に、アンデルセンの「人魚姫」という水の物語、「マッチ売りの少女」という火の物語には、宗教や国家や民族を超えた人類普遍の「道」が示されているように思う。
 アンデルセンは、児童文学に初めて「死」を持ち込んだ。彼の童話を読めば、死を乗り越えられる。