第6回
一条真也
「再会」

愛する人を亡くす、これ以上の苦しみがあるでしょうか。

それでも、癒し、希望を感じさせてくれるメッセージです。

 

●ラストメッセージ

 今回、最後のメッセージをやわらかな光が夜空を照らす満月の日に書いています。

 しかし、きれいな満月もまた欠け始めます。だんだん欠けてついには消え、また新たに生まれ、満月をめざして満ちてゆく。人も全く同じです。

 私は、日々、愛する人を亡くした人にお会いします。そのときかける言葉に迷い、途方に暮れることも珍しくありません。そんなときにいつも思い出すのがブッダにまつわる話です。

 ある町で、キサーゴータミーという女性が息子に死なれて気が狂ってしまい、生き返りの薬を求めて歩き回っていました。

 それを見たブッダはまだ一度も死人を出したことのない家から芥子粒をもらってくると、死んだ子どもが生き返ると教えました。彼女は一軒ずつ訪ねていくうちに、死人を出さない家は一つもないことを悟り、正気に戻ることができたのです。

 人は必ず死ぬという事実を自分自身で気づかせ、自然に彼女の心を癒したのです。

 ブッダはシャカ族の王子だった若い頃から、「自分も老い、病み、死ぬことを思い、快楽を避けて修行し、静寂の境地に到達したい」と考えていたようです。

 人間の苦悩の問題について考え抜き、その解決のために出家し、出家後も考え続けたブッダの悟りが、「苦悩についての聖なる真理とは、誕生は苦悩であり、老は苦悩であり、病は苦悩であり、死は苦悩である」という「四苦」なのです。

 

●必ず再会できます

 そして、私は人間にはもう一つ大きな苦悩があると思っています。

 それは、愛する人を亡くすことです。配偶者を亡くした人は立ち直るのに三年、幼い子どもを亡くした人は十年かかるとされています。

 ブッダが本当に「生」の苦悩としたかったのは、誕生という「生まれること」ではなく、愛する人を亡くして「生き残ること」ではなかったかと思うのです。

 偉大なブッダが苦悩と認定したものを癒せるはずがないのかもしれませんが、それでも私の経営する冠婚葬祭の会社では、愛する人を亡くした人に何ができるか全社員で毎日考えています。時には一緒に泣き、時には微笑み、時には少しでも心を軽くする言葉かけができるように。

 死別は確かにつらく悲しい体験ですが、その別れは永遠のものではありません。あなたはまた愛する人に会えるのです。風や光や雨や雪や星として会える。あの世で会える。生まれ変わって会える。そして月で会える。必ず再会できるのです。

 すべての死者と愛する人を亡くしたすべての人に満月の希望の光が降り注ぐことを信じ、このメッセージを捧げます。