第5回
一条真也
「幸せに生きるために」

 

 わたしは会社を経営しているのですが、日頃から経営者として座右の銘にしている『論語』の言葉をご紹介したいと思います。
  「君子は義に喩り、小人は利に喩る。」〈里仁篇〉
  「立派な人は正義にもとづいて行動し、ダメな人は利益にもとづいて行動する」の意味です。金儲けはうまいが不道徳な人は、短期的には成功するかもしれません。しかし、いつしか周囲から人が去ってしまいますから、いずれは必ず失敗します。そうならないためには、学び続けることで人格や知性を磨かねばなりません。そして、磨かれた人格や知性は危機のときにこそ発揮され、役に立つのです。これは、わたしの父から受け継いだ教えです。
 また、わたしはホテルを経営しています。
  「松柏園ホテル」という名前なのですが、これは祖父が『論語』にちなんで名づけたものです。
  「歳寒くして、然る後に松柏の彫ぶに後るることを知る。」〈子罕篇〉
  「冬になってはじめて松や柏が枯れないで残ることがわかるように、人の真価はピンチのときにこそ、はっきりと現れる」という意味ですね。その人の能力が表面的なものなのか、しっかり身についているものなのかは、緊急時にわかるものです。ふだんから周囲の人たちに親切にしていたり、みんなから尊敬されているような人なら、本当に困ったとき、誰かが助けてくれるでしょう。でも、いつも自分のことばかり考えている人間は、絶体絶命のピンチのとき、誰も手を貸してくれません。
 けっして、自己中心的なことばかりしてはなりません。人間誰しも間違えることがあります。だからこそ、間違ったと思ったら、すぐに直すことが大切ではないでしょうか。
  「過ちて改めざる、是れを過ちと謂う。」〈衛霊公篇〉
  「間違ったと気づいたのに直さない。それこそが本当の間違いだ」という意味です。自分の間違いを素直に認めることはなかなか難しいことですが、真摯な態度で認めねばなりません。これは、ドラッカーの考え方にも通じますが、わたしの心の支えとなっています。
 これらの『論語』の言葉は、けっして経営者やリーダーのためだけのものではありません。あらゆる人々が幸せに生きていく上で、もっとも大切なことを教えてくれる宝石のような言葉なのです。