第11回
一条真也
「人生の秋と冬」

 

 先日、小倉紫雲閣の大ホールで「五木寛之講演会」が開催されました。サンレー創立50周年記念としてスタートした「サンレー文化アカデミー」の第一弾イベントです。
 講演のタイトルは「生と死を考える」でしたが、 日本を代表する超人気作家の講演会とあって、大ホールは超満員になりました。
 五木寛之さんは福岡県生まれで、数多くの小説の他、随筆、翻訳、歌謡曲の作詞など幅広いジャンルで大活躍されている方です。
 わたしは中学時代に『青春の門』を夢中で読み耽ったのですが、その影響で早稲田大学に進学することを心に決めたほどです。
 その五木さんは最近、『玄冬の門』という本を書かれ、大きな話題になっています。元気に老いるレッスンを説いた書で、「この門をくぐれば新しい世界が開ける」そうです。
 『青春の門』から『玄冬の門』へ。このタイトルの背景には古代中国の思想があります。そこでは人生を四季にたとえ、五行説による色がそれぞれ与えられていました。すなわち、「玄冬」「青春」「朱夏」「白秋」です。
 それによると、人生は冬から始まります。 まず生まれてから幼少期は未来の見えない暗闇のなかにあります。そんな幼少期に相当する季節は「冬」であり、それを表す色は原初の混沌の色、すなわち「玄」です。
 玄冬の時期を過ぎると大地に埋もれていた種子が芽を出し、山野が青々と茂る春を迎えます。これが「青春」です。この青春の時期を過ごす人を青年といいます。
 そして青年が中年になると夏という人生の盛りを迎えます。燃える太陽のイメージからか色は「朱」が与えられています。中年期を過ぎると人生は秋、色は「白」が与えられ、高齢期は「白秋」とされるのです。
 また、それぞれの季節には「四神」と呼ばれるシンボルとなる霊獣がいて、東西南北を守護しているとされました。すなわち、北を守る亀と蛇の合体は「玄武」、東を守る龍は「青龍」、南を守る雀は「朱雀」、西を守る虎は「白虎」です。
 このように、古代中国には四季と方角と色と動物と人生とを対応させ合う、じつに壮大な宇宙観がありました。そして、その宇宙観のフレームのなかに玄冬、青春、朱夏、白秋という人生観、すなわちライフサイクルがあったのです。
 現在の「人生80年」をこのライフサイクルに当てはめてみると、ちょうど四季がそれぞれ20年ずつとなります。誕生から20歳までが玄冬、20歳から40歳までが青春、40歳から60歳までが朱夏、そして60歳を過ぎると白秋に入る。
 人生の始まりを春ではなく冬ととらえたところに老成した中国古代思想の奥深さを感じますが、とくに高齢期を白秋、つまり実りの秋としたことは重要です。そこには「老い」とは人生の実りの秋、人生の収穫期であるという考え方があります。
 少年期に亀や蛇のように地を這い回って努力を重ね、知識と技術を得た青年期には龍のように飛翔し、中年期には雀のように群がりさえずって世間をにぎやかに飛び回る。
 そのようにして蓄積してきた「人生の実り」を高齢期にこそ収穫し、純白な虚心でゆっくり味わい、噛みしめる。もはや些事雑務にわずらわされることなく虎の如くに生きるべきなのです。そして白き虎として天下を睥睨し、ひと声吼えれば万衆注視というのが人としての理想なのかもしれません。