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一条真也
「ご先祖さまとのつきあい方

  〜先祖を想い、月を見上げる」

こんにちは、一条真也です。
9月15日に新刊『ご先祖さまとのつきあい方』(双葉新書)が発売されました。
本書は「血縁」再生の書です。
「無縁社会」が叫ばれ、血縁が崩壊しつつある今こそ、日本社会のモラルをつくってきたはずの「先祖を敬う」という意識を復権しなければなりません。
仏壇、お盆、墓参り、先祖供養...といった冠婚葬祭的ガイドから、家紋、苗字、系図等の知識、そして心穏やかになる家族の暮らし方まで、一貫して「先祖とともに日々を暮らす」ライフスタイルの哲学を記しています。
その中で、わたしが一貫して強調したのは「死者を忘れない」ということです。
死者を忘れないためにはどうすべきか。
お盆やお彼岸に先祖供養をするのもよし、毎日、仏壇に向って拝むのもよし。
でも、わたしは一つの具体的な方法を提案したいと思います。
その「死者を忘れない」方法とは、宗教の枠も民族の壁も超える方法です。
それは、月を見るたびに、死者を思い出すことです。
わたしは、いつも行なっていますが、実際に夜空の月を見上げながら亡くなった人を想うと、本当に故人の面影がありありとよみがえってきます。
わたしは月こそ「あの世」であり、死者は月へ向かって旅立ってゆくと考えています。
そのわけをお話しましょう。
世界中の古代人たちは、人間が自然の一部であり、かつ宇宙の一部であるという感覚とともに生きていました。そして、死後への幸福なロマンを持っていました。その象徴が月です。
彼らは、月を死後の魂のおもむくところと考えました。
月は、魂の再生の中継点と考えられてきたのです。
多くの民族の神話と儀礼において、月は死、もしくは魂の再生と関わっています。
規則的に満ち欠けを繰り返す月が、死と再生のシンボルとされたことはきわめて自然だと言えるでしょう。
人類において普遍的な信仰といえば、何といっても、太陽信仰と月信仰のふたつです。
太陽は、いつも丸い。
永遠に同じ丸いものです。
それに対して月も丸いけれども、満ちて欠けます。
この満ち欠け、時間の経過とともに変わる月というものは、人間の魂のシンボルとされました。
つまり、絶対に変わらない神の世界の生命が太陽をシンボルとすれば、人間の生命は月をシンボルとします。
人の心は刻々と変化変転します。
人の生死もサイクル状に繰り返します。
死んで、またよみがえってという、死と再生を繰り返す人間の生命のイメージに月はぴったりなのです。
地球上から見るかぎり、月はつねに死に、そしてよみがえる変幻してやまぬ星です。
また、潮の満ち引きによって、月は人間の生死をコントロールしているとされています。
さらには、月面に降り立った宇宙飛行士の多くは、月面で神の実在を感じたと報告しています。
月こそ神のすみかをイメージさせる場所であり、天国や極楽のシンボルともなります。 世界中どこの夜空にも月は浮かびます。それに向かって合掌すれば、あらゆる場所で死者の供養をすることができます。
日本民俗学の父である柳田国男が名著『先祖の話』に詳しく書いていますが、先祖の魂は近くの山から子孫たちの人生を見守ってくれているというのが日本人の典型的な祖霊観でした。
ならば、地球を一番よく見ることができる宇宙空間である月から人類を見守るという発想があってもいいのではないでしょうか。
また、遺体や遺骨を地中に埋めることによって、つまり埋葬によって死後の世界に暗い「地下へのまなざし」を持ち、はからずも地獄を連想してしまった生者に、明るい「天上へのまなざし」を与えることができます。
そして、人々は月をあの世に見立てることによって、死者の霊魂が天上界に還ってゆくと自然に思い、理想的な死のイメージ・トレーニングが無理なく行なえます。
世界中の神話や宗教や儀礼に、月こそあの世であるという普遍的なイメージが残っていることは、心理学者ユングが発見した人類の「集合的無意識」の一つであると思います。
そして、あなたを天上から見守ってくれるご先祖たちも、かつてはあなたと同じ月を見上げていたはずです。
そうです、戦前の、大正の、明治の、江戸の、戦国の、中世の、古代の、それぞれの時代の夜空には、同じ月が浮かんでいたのです。
先祖と子孫が同じ月を見ている。
しかも、月は輪廻転生の中継点であり、月を通って先祖たちは子孫へと生まれ変わってくる。
まさに月が、時空を超越して、あなたと先祖の魂をつないでくれているのです。
ぜひ、月を見上げて、あなたのご先祖を想ってみてください。
あなたのご先祖は、月にいます。
そして、月から愛する子孫であるあなたを見守ってくれています。
いつの日か、先祖はあなたの子孫として転生し、子孫であるあなたは先祖となります。
2010.9.15