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一条真也
第五則「創造力」

 

 今月は、「創造力」についてお話したい。これまで、情報力や知識力、思考力などの「力」を紹介してきた。的確な情報を求め、知識を蓄え、自分の頭で考えることは必要だが、さらに新しい創造に結びつけなければならない。
 どんな業界においても、いや経済や社会そのものの先が見えにくい現在、創造的発想や創意というものが求められてくる。動物行動学者の竹内久美子氏は、「発想を変えて、思い切って跳びなさいと言われたら、みんな前に跳ぶことしか考えない。前に跳ぶのは誰でもできることで、横に跳ぶことが必要なのだ」と述べている。
 石原慎太郎東京都知事はこの話にいたく感心し、創意というものの本髄はそこにある、と思ったそうだ。あるとき、石原知事は「横に跳ぼうと思って跳んだわけではないけれど、おそらく、ふと思いついたことというのは、横に跳んでいるのではないか。それができる人が本当の創業者になれるのではないか」と述べている。
 ソニーの創業者である井深大(1908〜97)は、かつて、芝浦の工場でジーンズを履いた若い社員が手作りのテープレコーダーをポケットに入れて音楽を聞きながら働く姿を見たという。
 そのとき、彼は大いに感心した。音楽とは座ってじっと聴くだけではなく、作業の邪魔にならなければ仕事をしながらでも聴きたいだろうし、ただ歩くよりも音楽を聴きながら歩く方がリズミカルに歩けるのではないか。そのように彼は考えた。
 その結果、あの伝説のウォークマンが誕生したのである。これは井深大が横に跳んだということだろう。
 また、カラオケといえば世界に誇る日本の発明だが(発明者は特定できない)クラリオンの創業者である小山田豊もその1人である。
 昭和49年の秋、海外駐在員たちを引きつれて群馬・水上温泉で宴会を開いたとき、呼んだ芸者が年増ばかりで、しかも歌を歌おうにもろくに三味線も弾けない者が多かったそうだ。
 小山田は落胆しながらも、ふと、芸者の代わりに伴奏の機械があれば面白いと発想した。それがカラオケのアイデアの元になったのである。小山田豊も横に跳んだわけだ。
 人間は、まったくゼロから創造性を発揮することはできない。偉大な創造の背景には、必ず先達の歩みがある。その意味で、創造の達人とは読書の達人でもある。プロイセンの鉄血宰相ビスマルク(1815〜98)に「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という有名な言葉がある。生物のなかで人間のみが、読書によって時間を超越して情報を伝達できるのである。人間は経験のみでは、1つの方法論を体得するのにも数十年かかるが、読書なら他人の経験を借りて、1日でできる。つまり、読書はタイム・ワープの方法なのである。
 人生を商売にたとえてみると、すべて仕入れと出荷から成り立っている。そこで問題となるのは仕入れであり、その有力な仕入先が読書だと言えるだろう。つまり、本を読むことによっての学習力が創造力につながるわけだ。
 創造力というのは、ある意味でマーケティングやイノベーションの目的でもある。経営学者のピーター・ドラッカーは、「顧客の創造」としてのマーケティングと「価値の創造」としてのイノベーションを、会社の発展に不可欠の2つの要素と位置づけた。
 マーケティングは顧客からスタートする。すなわち顧客の現実、欲求、価値からスタートするのだ。
「われわれは何を売りたいか」ではなく、「顧客は何を買いたいか」と問わなければならない。たとえば、化粧品について考えてみると、レブロン(アメリカ)を名だたる巨大企業に育てあげた天才的経営者チャールズ・レブソンは「工場では化粧品を作る。店舗では希望を売る」との名言を残した。なるほど、女性が化粧品を買うとき、実は希望を買っているのである。
 消費者、いやお客様が本当に買うものは、健康な歯であって、歯ブラシではない。穴であって、ドリルではない。娯楽であって、CDやDVDではありえない。清潔な衣料であって、洗濯用洗剤ではない。コミュニケーションであって、携帯電話ではないのである。
 この「顧客は何を買いたいか」を知ってこそ、マーケティングもイノベーションもはじめて可能となる。