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一条真也
第十則「共感力」

 

 サービス業とは、目に見えないものを売る仕事である。思いやり、感謝、感動、癒し、夢、希望など、この世には目には見えないけれども存在する大切なものがたくさんある。
 サン=テグジュぺリ(1900〜45、フランス)の名作『星の王子さま』にも、「本当に大切なものは目に見えない」という言葉が出てくる。そこからは、「大切なものは、心で見ない限り、目には見えない」という作者のメッセージが伝わってくる。
 見えないものを心で見るとは、どういうことか。それは、「感じる」ということである。「心で見る」とは「感じる」と同じ意味なのだ。
 旋盤工の職人は、何千、何万という旋盤に触れながら、100分の1ミリの違いを指先で感じられるようになるそうである。また、オーケストラの指揮者は耳を研ぎすまし、あらゆる楽器が音を奏でるなかで、一つの楽器が発する、わずか1音の違いをキャッチする。
 同じように、冠婚葬祭業などに携わるサービスマンも「共感」する感性を研ぎすますせることでお客様が考えていること、求めていることを瞬時にキャッチできるようになる。
 大事なのは、「同感」ではなく「共感」なのだ。サービスマンは、お客様とまったく同じ立場にはなれない。しかし、それぞれの立場を想像し、限りなくその心情に近づくことはできる。そして、「共感」とともに「気づき」というものが大事である。心で見るというのは、気づくということでもあるのだ。気づく人というのは、人が困っていたりするのが見えるわけだから、すぐにサポートしてあげることができる。また、気づく人は人が喜んでいるときにもそれに気づくので、一緒に喜んであげることができる。気づかない人というのはサービスマンとして失格である。
 もともと、気づきをはじめ、日本語には「気配り」「気働き」「気遣い」という言葉があるように、「サービス」とは「気」に通じる。私は昔から、サービス業とはお客様に元気、陽気、勇気といったプラスの気を提供する「気業」であると言い続けてきた。
 大事なことは、見えないものを形にして目に見えるようにすることである。そんなことが可能なのかと思うかもしれないが、もちろん可能だ。
 見えないものを形にするとは、茶道、華道、能、日本舞踊などの芸道がそうだし、剣道や弓道などの武道もそうだ。ヨガや気功なども含めて、一般に身体技法というものは見えないものを見えるようにする技術なのである。広い意味での芸術や芸能もそうである。それらは、心を形にするテクノロジーだといえるかもしれない。
 サービス業において見えないものを形にする技術とは何か。それは、挨拶、お辞儀、しぐさ、笑顔、愛語、といったものである。サービス業に携わる人々が普段から心がけているこれらのものこそ、本当に大切なものを目に見える形でお客様に提供することができるのである。
 挨拶にしてもお辞儀にしても、もちろんマニュアルがある。マニュアルに書かれた、また上司や先輩から指導された基本は、繰り返し行ない、徹底していくことが必要である。それらが無意識に行なえるレベルにまで高まったとき、やっと一流のプロのサービスマンと呼べるだろう。
 「正しい」ことを何度も繰り返し行ない、自分の身になり、自然と行なえるようになってはじめて「美しさ」になるのではないだろうか。「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といった、この世で本当に大切なものを目に見える形にしたいものだ。
 製造業はモノを残す仕事で、建設業は地図に残る仕事ある。ならば、サービス業こそは心に残る仕事に他ならない。愛用している自動車やパソコン、またビルや橋を見ても、それに関わった人たちの顔は浮かんでこない。でも、サービス業は違う。サービス業とは、サービスしてくれた人の顔が浮かんでくる仕事である。お客様の心に自分の顔が浮かんでくる仕事、こんな贅沢なことはないと思う。
 「情報」とは、「情」を「報せる」と書く。情という字は「こころ」とも読む。他人の心をキャッチするのが共感ということ。真の情報の達人とは、コンピューターやITの達人ではなく、共感力を持った人間のことなのだ。