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一条真也
第九則「革新力」

 

 先月は「伝統力」についてだったが、今月は「革新力」である。この二つは一見矛盾するようだが、じつは組織を動かすための車の両輪である。
 ピーター・ドラッカーは、企業発展の条件として「継続」と「変化」がともに必要であると述べた。私は「継続」を可能にするものが伝統力であり、「変化」を生むのが革新力であると思っている。
 また、ドラッカーはマネジメントに不可欠な機能として、「顧客の創造」としてのマーケティングとともに、「価値の創造」としてのイノベーションを挙げている。
 この「イノベーション」という言葉は、経済学者シュンペーターの名著『経済発展の理論』で初めて示されたコンセプトだ。
 イノベーションを実行する者、すなわちイノベーターだけが真の利益を生み出す。そのように、シュンペーターは主張した。しかし、その利益は常に短命であるとも言っている。よって、常に絶え間なくイノベーションを続けていかなければ利益を生み出すことはできないのである。
 シュンペーターはまた、「イノベーションとは創造的破壊である」という名言を残している。イノベーションは過去を破壊するものである。だから、昨日の資本設備と資本投資を陳腐化させる。したがって、経済が発展するほど資本形成が必要になってくるというわけだ。
 古典派経済学、あるいは会計士や株式市場が利益としているものは、企業存続のコストである。いま好調な事業の利益を当てにするという、いわば未来のためのコストだと言えよう。
 したがって、本当に利益をあげて富を増やし、今日の雇用の維持と明日の雇用の創出のためには、資本形成と生産性向上が不可欠になってくる。
 シュンペーターの言う「創造的破壊」を行うイノベーターだけが、「利益」の存在を説明できる唯一の根拠だ。「利益」というものをまったく正しい存在とするもの、それが「創造的破壊」という真のイノベーションなのである。
 シュンペーターの経済学では、利益は十分にあるかというが常に問題となる。利益とは何か。それは、未来のコストであり、企業存続のコストであり、かつ新たな創造的破壊のためのコストである。
 結局シュンペーターは、制度やシステムではなく、経済活動の中心に人間を置いたのだ。それは従来の経済学から見れば、まったくの異端だった。
 そして、このシュンペーターの「人間中心」の立場を引き継いだ人物こそドラッカーであった。ドラッカーも人間を中心に経済を読み解き、ついには人間学としてのマネジメントを発明した。
 ドラッカーが、イノベーションを重視したことはいわば当然であり、「イノベーションとは、顧客にとっての価値と満足の創造に他ならない」と定義している。
 ドラッカーいわく、本物のイノベーションであるかどうか。それは、価値を創造しているかによって判定される。イノベーションとは、顧客にとっての価値の創造なのである。
 わが社は、冠婚葬祭業界において多くのイノベーションを試みてきた。まず、1978年にオープンした「小倉紫雲閣」は大型総合葬祭会館の走りとされている。
 また、2004年にセレモニーホールとホテル、カルチャーセンター、スポーツクラブ、美術館など各種施設を組み合わせた高齢者複合施設「サンレーグランドホテル」を北九州市にオープンさせた。
 そして、昨年10月1日、「小倉紫雲閣」の隣に完成した「ムーンギャラリー」がオープンした。新時代のフューネラル・サロンとして、仏事のコンセプト・ショップとして、さらにはグリーフケア・サポートの舞台として、各種マスコミにも取り上げられ、話題となっている。
 冠婚葬祭業界について考えると、戦後に誕生した冠婚葬祭互助会というシステムそのものが大いなるイノベーションであったと思う。互助会が成立したのは、人々がそれを求めたという時代的・社会的背景があった。
 しかし、「無縁社会」が叫ばれる今、コミュニティの再生をめざす互助会はどうやら制度疲労を起こしているように思われる。互助会業界にとって新たな革新力が必要となると言えるだろう。
 戦後の日本で「互助会」が人々に求められたように、現在では「隣人祭り」や「グリーフケア・サポート」などが求められるのではないか。
 ドラッカーが訴えたように、「継続」と「変化」が必要だ。これは企業だけでなく業界そのものにも言えること。いま、新たな革新力が必要とされる。