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一条真也
「ソーシャル・ネットワーク<SNS>

 〜つながることへの欲望」

こんにちは、一条真也です。
話題の映画「ソーシャル・ネットワーク」を観ました。
ゴールデングローブ賞の最優秀作品賞を含む4冠に輝いた作品です。
最初にイメージしていた内容とは違いましたが、非常に考えさせられるところの多い映画でした。日本における有縁社会の再生を考える上でもヒントがありました。
この作品は、「フェイスブック」誕生の物語です。
フェイスブックは、世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービスです。
ユーザーは全世界で5億人を超え、時価総額は2兆円を超えます。
わたしは、この映画を観る前からフェイスブックというものに大変興味を抱いていました。
わたしは利用していませんが、聞くところによると、フェイスブックは「実名主義」だとか。
この「実名主義」というところが画期的であると感じました。匿名で個人や企業などを誹謗中傷する行為は卑怯千万であり、ネットの最も暗い部分です。その悪しき「匿名主義」をフェイスブックが駆逐してくれるのではないかと期待したのです。
実際、フェイスブックの躍進で、グーグルが存亡の危機にあるという人もいます。
実名に基づく情報は当然ながら信用性が高く、怪しい匿名ブログの類まで検索で拾ってしまうグーグルの信用性は低いからです。
ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)は、誰でも簡単に利用できて、親密な人間関係を築く手伝いをしてくれるということで急成長したウェブサービスです。
「フェイスブック」をはじめ、海外では「フレンドスター」、「マイスペース」などが、日本では「mixi」、「GREE」、「モバゲータウン」などが有名です。
映画パンフレットで、メディア評論家の荻上チキ氏は次のように述べています。
「人々がインターネットに求めていた最大のコンテンツは、コミュニケーションそのものだった。昨今のtwitterの流行も、ますます『つながることへの欲望』に拍車をかけている。賢しげに『人間関係の希薄化』を危ぶむ声とは裏腹に、インターネットがつなげてきた人々の数は底知れない。インターネットはわずか数年の間に、『現実ではない仮想世界』ではなく『現実を補完する拡張世界』の地位を獲得した。つながりを可視化し、補強してくれる道具としてのインターネットは、これからもこの社会を絶えず拡張していくのだ」
しかし、「インターネットがつなげてきた人々の数は底知れない」のも事実でしょうが、それに過剰に期待することもまた危険であると思います。
というのは、「隣人祭り」が起こる直前のフランスでは、SNSが国家的事業として推進されていたそうです。このサービスがフランスで大流行した反動で、リアルな対人コミュニケーションが激減しました。
そして、孤独死が爆発的に増えたため、社会的要請において隣人祭りが生まれたという歴史的事実があるのです。
ITが進歩するばかりでは人類の心は悲鳴をあげて狂ってしまいます。
そんなことを痛感する事件が、日本でも起きました。
2010年4月17日の午前2時すぎに愛知県豊川市に住む30歳の無職男性が、寝ている両親および弟家族のあわせて5人を包丁で刺した上に放火しました。焼け跡から、父親と1歳の女児の2人の遺体が見つかりました。母親と弟夫婦もけがをしましたが、1人は重症でした。
何より衝撃的だったのは、調べに対して容疑者の男性が、「インターネットの契約を家族に解約された」と思い込んで5人を刺したと供述したことです。
まさか、インターネットのために家族を殺そうとするとは!
この容疑者は、何を目的にインターネットの契約をしていたのでしょうか。
彼はいわゆる「引きこもり」状態だったようですが、SNSやブログやツイッターで誰かとつながっていたのでしょうか。
いくらウェブでつながっても、それはしょせんバーチャルな人間関係でしかありません。そして、リアルな人間関係の最たるものが「家族」です。
バーチャルのためにリアルを消そうとするとは!
まったく空恐ろしい時代になったものだと感じますが、それ以上にこの事件はバーチャルな世界が肥大化する現代社会を浮き彫りにする象徴的な事件であると思います。
わたしの本業である冠婚葬祭はバーチャルを超えたリアルな営みです。
「冠婚葬祭とは一言でいって何ですか?」と尋ねられたとき、わたしはいつも「人が集まることです」と答えています。結婚式にしろ、葬儀にしろ、冠婚葬祭とは生身の人間が実際に集まってきて、喜びや悲しみの感情を持ち、祝意や弔意を示すことに他なりません。
ITとは、インフォメーション・テクノロジーの略です。
ITで重要なのは、I(情報)であって、T(技術)ではありません。
経営学者のドラッカーは、IT革命の本当の主役はまだ現われていないと述べました。
その情報にしても、技術、つまりコンピュータから出てくるものは、過去のもの、組織の内部についてのものにすぎないといいます。
本当の主役、本当の情報が登場するのはこれからなのです。そして、真の主役こそ、「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といったポジティブな心の働きだと、わたしは信じています。
ITだけでは人類の心は悲鳴をあげて狂ってしまいます。
ITの進歩とともに、人が会う機会がたくさんある社会でなければなりません。そして、多くの人が会う機会の最たるものこそ冠婚葬祭です。
葬儀や法事・法要、さらには隣人祭り・・・・・わたしは、これからも、ありとあらゆる人が集まる「理由」や「目的」を作っていきたいと思います。
でも、SNSと冠婚葬祭や隣人祭りはけっして対立するものではありません。
ともに、めざすものは「人と人とのつながり」のはずです。
つまり、SNSも冠婚葬祭や隣人祭りも相互補完の関係になるべきでしょう。
あの手この手の作戦で、「有縁社会」を作っていく必要があるのではないでしょうか。
2011.2.15