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一条真也
「シャーマニズムの未来〜本来の葬儀に不可欠な要素」

 

こんにちは、一条真也です。
4月23日、東京の中野にある「なかのZERO」ホールで開催されたイベントに参加しました。
NPO法人東京自由大学が13年の活動の総力を結集して、「シャーマニズムの未来~見えないモノの声を聴くワザ」というシンポジウムです。
わたしも同大学には縁があります。ちょうど3ヵ月前の1月22日には「現代の冠婚葬祭」と題する特別講義をさせていただきました。 
同大学の理事長である鎌田東二さんは、宗教哲学者であり、京都大学こころの未来研究センター教授でもあります。わたしは、今年の1月に『満月交感 ムーンサルトレター』(水曜社)という鎌田さんとの共著を刊行しました。
さて、シンポジウムですが、どしゃ降りの雨にもかかわらず、会場の「なかのZERO」ホールには500人以上の方々が続々と来場し、立ち見が出るほどの盛会となりました。
テーマは、「シャーマニズム」です。
「シャーマニズム」とは、「シャーマン」と呼ばれる呪術者・祈祷師の能力によって成立している宗教や宗教現象のことです。
ずばり、「巫術」と呼ばれることもあります。
「シャーマン」は「忘我」のトランス状態に入って、神霊・精霊・死霊などの「霊」すなわち超自然的存在と交信する人物です。
イベントは、以下のような内容でした。
第1部は「The Butoh」として、舞踏家であり大駱駝艦主宰者である麿赤兒さんの「モノ降りしトキ」というパフォーマンス。大物主の神を祀る日本最古の聖地・三輪山の麓で育った麿さんの原体験を元に、鎮魂の思いとともに製作された舞踏でした。
音楽は、作曲家で桐朋学園大学院大学教授の新実徳英さんが手掛けられました。また、イベントの主催者である鎌田さんも参加され、磐笛を吹かれていました。
俳優の大森南朗さんの父親でもある麿さんの舞踏はインパクト大でした。出演者全員が白装束に全身白塗りの化粧で、まさに「死と再生」のイメージでした。
第2部は、いよいよシンポジウムの本番です。
本来は、わが国におけるシャーマニズム研究の第一人者である佐々木宏幹(駒澤大学名誉教授)先生による基調講演「シャーマニズムのちから」が予定されていましたが、先生の体調が優れず、これは実現しませんでした。わたしは佐々木先生のお話を楽しみにしていたので残念でしたが、そのメッセージを鎌田さんが代読してくれました。
それによれば、シャーマニズムとは、「見えないもの」(諸精霊)の力を借り、操って、社会を平安し、幸せにすることであるそうです。そして、それはすべての宗教者に当てはまることだと言われました。
さらに、「このたびの東日本大震災後こそ『見えないもの」の出番である」という言葉が非常に印象的でした。 福島第一原発の作業所の詰所には神棚があるというのです。
科学技術の最先端にある人々が「見えないもの」に頼っているわけです。
続いて、パネルディスカッションが行われました。パネリストは、小松和彦(国際日本文化研究センター教授)さん、鶴岡真弓(多摩美術大学教授)さん、松岡心平(東京大学教授)さん、岡野玲子(漫画家)さんといった豪華な顔ぶれで、コメンテーターとして麿赤兒さん、新実徳英さん、大重潤一郎(映画監督)さん。司会は鎌田東二さんが務められました。
とにかく鶴岡さん、岡野さんの2人の女性の存在感が圧巻でした。
お二方とも完全に時間も空間も超越されており、まさにシャーマンそのものでした。
鎌田さんは、「司会者とは制御不可能な時間と空間を操る者ということを痛感した」との名言を吐かれ、会場は大きな笑いに包まれました。
ちなみに、わたしは「葬儀」とは制御不可能な時間と空間をコントロールする技術(ワザ)に他ならないと思います。わたしは、「葬儀というものを人類が発明しなかったら、おそらく人類は発狂して、とうの昔に絶滅していただろう」と、ことあるごとに言っています。
誰かの愛する人が亡くなるということは、その人の住むこの世界の一部が欠けるということです。欠けたままの不完全な世界に住み続けることは、かならず精神の崩壊を招きます。不完全な世界に身を置くことは、人間の心身にものすごいストレスを与えるわけです。
まさに、葬儀とは儀式によって悲しみの時間を一時的に分断し、物語の癒しによって、不完全な世界を完全な状態に戻すことなのではないでしょうか。
シンポジウムの最後には、わたしも意見を求められて発言しました。
わたしは、東日本大震災の大量の死者にどのように接していけばいいのか。
どのように彼らの霊魂を供養すればいいのか。そんなことを聴衆のみなさんに問いかけました。
それから、本来の葬儀にはシャーマニズムの要素が不可欠であり、「葬式は、要らない」とまで言われた現在の葬儀はそれを取り戻す必要があると述べました。
その背景には、基調講演予定者だった佐々木宏幹先生の存在がありました。
佐々木先生は(は、被災地である宮城県気仙沼の曹洞宗の寺院のご出身です。この地の葬儀には、僧侶と「オガミサン」と呼ばれる女性シャーマンが欠かせないそうです。僧侶もオガミサンもいなければ、葬儀は完成しないというのです。
日本の葬儀のほとんどは、仏式葬儀です。これは完全な仏教儀礼かというと、そうではありません。
その中には、儒教の要素が多分に入り込んでいるのです。
儒教を開いた孔子の母はシャーマンだったとされています。雨乞いと葬儀を司る巫女だったのですが、儒教の発生はシャーマニズムと密接に関わっていたわけです。
わたしは、「葬式は、要らない」とまで言われるようになった背景には、日本における仏式葬儀の形骸化があると思っています。
日本人で、「いまの葬儀は、本当に死者を弔う儀式になっているのか」という疑問を抱く人が増えてきたのではないでしょうか。
それを打破する一つのヒントは、本来の葬儀が備えていたシャーマニズムを取り戻すことが必要です。 すなわち、現在の日本の葬儀は「シャーマニズム不足」である。
そんなことをお話し、わたしにとっての「シャーマニズムの未来」とは「葬儀の未来」であると語ったところ、会場から大きな拍手をいただき、感激しました。
2011.5.1