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一条真也
「台風と神道〜ありえねーくらい、こわい!」

 

こんにちは、一条真也です。
台風15号は、全国各地で甚大な被害を残しました。
首都圏を直撃した9月21日の夜、わたしは東京にいました。大塚のホテルベルクラシックで開催されていた全互協の柴山文夫前会長の叙勲祝賀会に出席していたのです。
まさに祝賀会の最中に台風15号が東京を直撃。JR山手線をはじめ、各種交通機関がストップしました。わたしは大塚からなんとか目白まで行き、そこから30分ほど待ってタクシーを拾い、赤坂見附の宿まで帰りつきました。
本当は、横浜に住んでいる長女と落ち合うために山手線で新橋まで行く予定でした。
しかし、乗り込んだ電車が目白で止まってしまったために目白駅で降りたのです。
新橋では、タクシー待ちの人々が長蛇の列をなし、20~30分に1台しかタクシーの空車が来なかったそうです。北九州の自宅でテレビを見ていた妻から連絡が入りました。
あのまま新橋に向かっていたら、危うく帰泊難民になるところでした。
傘は吹き飛ばされそうだし、骨折した足は痛いし、引出物の大きな袋を2つも抱えているし、一時は絶体絶命かと思いました。それにしても、19時半にはすでに雨はやみ風が強めに吹いていただけでしたが、あれでも山手線が止まるのですね。
まるでバブル全盛期の銀座や六本木みたいにタクシーも全然拾えないし、国際都市・東京は意外と災害などのトラブルに弱いということがわかりました。
北九州にいると、まずタクシーが拾えないということはありません。
なにしろ、タクシー保有台数日本一を誇る第一交通の本社が小倉にありますから。
昨夜は、東京だけでなく、横浜も混乱していました。
横浜駅も全線ストップしてしまい、長女とは結局会えませんでした。
それにしても、引出物が重かった。中味は桐箱に入ったドラ焼で、菊の御紋入りでした。
さて台風15号は、首都圏を直撃した後、東北に向かいました。
気仙沼や石巻といった東日本大震災の被災地が台風の被害に遭う光景をテレビのニュースで見て、涙が出ました。仮設住宅に住む方々にまで避難勧告が出るのは、やりきれません。
せめて、東北だけは避けてほしかったです。
しかも、涙ぐんでいたら地震までありました。
まったく、今年は自然の脅威を嫌というほど思い知らされます。
よく、「自然を守ろう」とか「地球にやさしく」などと言います。
しかし、それがいかに傲慢な発想であるかがわかります。
やさしくするどころか、自然の気まぐれで人間は生きていられるのです。
生殺与奪権は人間にではなく、自然の側にあるということです。
実際、今回の台風でも、多くの死者・行方不明者が出ています。
また、四国・中国地方を縦断した台風12号は、紀伊半島などで100人以上の死者・行方不明者を出し、平成最悪級の被害となりました。
わたしは台風の脅威を目の当たりにしながら、日本が台風と地震の国、すなわち自然災害の国であることを再確認しました。そして、台風や地震を畏れる気持ちが日本固有の宗教である「神道」を生む原動力となったように思いました。
神道とは何でしょうか。日本を代表する宗教哲学者(京都大学こころの未来研究センター教授)にして神道ソングライターであり、また神主でもある鎌田東二氏が、すっきりとした説明をしてくれます。
鎌田氏は、著書『神道とは何か』(PHP新書)で次のように述べています。
「さし昇ってくる朝日に手を合わす。森の主の住む大きな楠にも手を合わす。台風にも火山の噴火にも大地震にも、自然が与える偉大な力を感じとって手を合わす心。 どれだけ科学技術が発達したとしても、火山の噴火や地震が起こるのをなくすことはできない。それは地球という、この自然の営みのリズムそのものの発動だからである。その地球の律動の現れに対する深い畏怖の念を、神道も、またあらゆるネイティブな文化も持っている。インディアンはそれをグレート・スピリット、自然の大霊といい、神道ではそれを八百万の神々という」
「カミ」という名称の語源については、「上」「隠身」「輝霊」「鏡」「火水」「噛み」など古来より諸説があるものの、定説はありません。
でも、江戸時代の国学者である本居宣長は大著『古事記伝』で、「世の尋(つね)ならず、すぐれたる徳(こと)のありて、畏(かしこ)きもの」と「カミ」を定義しました。
つまり現代の若者風に言えば、「ちょー、すごい!」「すげー、かっこいい!」「めっちゃ、きれい!」「ちょー、ありがたい」「ありえねーくらい、こわい」などの形容詞や副詞で表現される物事への総称が神なのですね。このたびの東日本大震災や台風12号および15号は、日本人にとって「ありえねーくらい、こわい」ものでした。
このように、神道とは日本人の「こころ」の主柱です。
そして、日本人の「こころ」の柱は他にも存在します。仏教と儒教です。
神道、仏教、儒教の三本柱が混ざり合っているところが日本人の「こころ」の最大の特徴であると言えるでしょう。それをプロデュースした人物こそ、かの聖徳太子でした。
聖徳太子こそは、宗教と政治における大いなる編集者だったのです。
儒教によって社会制度の調停をはかり、仏教によって人心の内的平安を実現する。
すなわち心の部分を仏教で、社会の部分を儒教で、そして自然と人間の循環調停を神道が担う。三つの宗教がそれぞれ平和分担するという「和」の宗教国家構想を聖徳太子は説いたのです。いわば、神と仏を共生させるという離れ業をやったわけですね。 冠婚葬祭という日本人の精神文化も、聖徳太子の大いなる遺産ではないでしょうか。
2011.10.1