第8回
一条真也
「社宅の共同湯」

 

 今回は、福岡県にお住まいの48歳女性、Gさんからのエピソードをご紹介します。
 Gさんは以前、会社の社宅に住んでいました。
 結婚を機に社宅生活がスタートしましたが、初めは戸惑うことばかりでした。常に隣近所の生活音が聞こえていました。Gさんはなんだか干渉されているようで、日が経つにつれ、うっとうしく感じました。ちょうどその頃、最初のお子さんがお腹の中にいました。「今思えば、少々神経質になっていた気がする」と、Gさんは当時を振り返ります。
 社宅には、共同浴場がありました。社宅生活に窮屈さを感じながらも、早く近所の人たちと馴染みたいと思っていたGさんは意を決して共同浴場へ行くようになったそうです。
 浴場では、みんな大きな声でおしゃべりしましたが、慣れないGさんは身体を洗うのもそこそこに、足早に帰るのが精一杯でした。
 そうこうするうち、待望の長男が無事に誕生しました。産後1ヶ月は、ベビーバスでの入浴です。その後は、緊張を強いられる共同湯通いが再開となりました。
 出産前と同じようにGさんがガサガサと自分の身体を洗っていると、「フンギャー」という聞きなれた泣き声がします。あわてて横を見ると、顔馴染みのおばさんが長男を抱きかかえ洗ってくれていました。
 今まで誰とも話すことなく無表情だったGさんも、つい笑顔になりました。それでも、幼い息子さんは激しく泣き続けます。子育てベテランのおばさんは、「いくら泣いたって良かよー。おばちゃんは、いっちょん気にならんけん」とまったく動じませんでした。そして、手際良く洗ってくれたそうです。
 この日を境に、Gさんが近所の人たちと話す機会も増えました。また、子どもたちも長男同様に近所の人たちに手助けされ、すくすくと立派な「社宅っ子」に育ちました。
 現在、Gさんの子どもたちは、みんな成人しました。すでに共同湯はなくなり、近所付き合いも変化しました。Gさんは、おばちゃんたちのように、自分も社宅の赤ちゃんをお風呂に入れてあげるのが夢でしたが、それが出来なくなって、とても残念だそうです。
 最後にGさんは、「昔、親戚以上の付き合いのあった社宅に居れた私は、とても幸せ者です。再びそういう時代が来る事を望みます」 と、書いていました。