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一条真也
「『こころ』と『かたち』

 〜本当に大切なものは目に見えない」

こんにちは、一条真也です。
ある日、朝刊各紙をチェックしていたら、アサヒグループホールディングスの福地茂雄相談役が某全国紙に寄稿されていました。 福地相談役は、前NHK会長であり、現在は新国立劇場の理事長も務められています。そして、わたしの高校の大先輩でもあります。
先日、ハーバード大学で政治哲学を教えているマイケル・サンデル教授が福岡の西南学院大学で特別講義を行い、わたしも参加しました。
その後に福岡市内のホテルで開催されたサンデル教授の歓迎レセプションで福地相談役とお会いし、ゆっくりお話をさせていただきました。
福地相談役の寄稿は、「『こころ』と『かたち』」と題されています。
また、「『うちの会社は別』ではない」とも大きく書かれています。
その冒頭で、福地相談役は「日本経済を牽引してきた家電メーカーが巨額の赤字を計上した。
創造性あふれるモノをつくり出し、世界を席巻した日の丸家電メーカーも、海外勢の台頭に加え、急激な円高や高額なインフラコストなどにより苦戦を強いられている」と書かれ、ジェームズ・C・コリンズ著『ビジョナリー・カンパニー3 衰退の五段階』という本を紹介しています。
一時代を築いた企業がもがき苦しんでいる様子をみて、同書を再読されたそうです。 そこには、企業は「成功から生まれる傲慢」からはじまる5段階を経て衰退していくと書かれていました。
そこで福地相談役は、他の企業が業績不振にあえぐ姿を見て「うちの会社は別だ」と思ったならば、その時点で既にその企業は転落への序章がはじまっているのではないかと思われたそうです。
さらに福地相談役は、「『ビジョナリー・カンパニー』には、『規律なき拡大路線」が衰退の第2段階であると記されている。企業として拡大路線を取ることは決して間違っていない。チャレンジをしない組織は活力を失うからだ。とはいえ、やみくもに拡大路線を取ってはいけない。そこには規律が必要なのだ。規律とは、自らの事業領域をはみ出した事業には手を出さないということだ。そして撤退基準を定め、兵力の逐次投入は避けなければならない。道に迷ったときは原点回帰に尽きる」と述べています。では、衰退した企業は全て復活しないままなのでしょうか。福地相談役は「決してそうではない」と断言します。
「スーパードライ」発売前のアサヒビールも非常に厳しい時期がありました。一時は企業存亡の危機にも立たされたそうですが、最高のタイミングでスーパードライを発売し、窮地を脱することができました。福地相談役は、「天の時・地の利・人の和が理想的にかみ合い、スーパードライは成功した。どれが欠けても、ここまではうまくいかなかった」として、次のように述べられています。
「『運が良かった』とも言えるが、神様は運とツキを公平に与えている。それをつかめるか、逃すのかが問題だ。運とツキをつかむためには、やるべきことをしっかりやること、そして謙虚な姿勢であり続けることだ。運が良かったことを否定して、自分の実力だけで成し遂げたと勘違いしてはいけない。それは『成功から生まれる傲慢』である」
これを読んで、わたしはしみじみと企業経営について考えさせられました。
財界きっての「読書の達人」である福地相談役の真骨頂というべき内容ですが、先日、拙著『礼を求めて』(三五館)をお送りさせていただいたところ、丁重な礼状を頂戴し、恐縮いたしました。
その礼状には、「私は常々、『こころ』と『かたち』についてお話しています。想いと儀式は相乗効果で人を豊かな心に導くと思っております。ご著書を拝読して、改めて感じ入った次第でございます」
わたしは、この手紙を読んで、本当に心の底から感動しました。
「想いと儀式は相乗効果で人を豊かな心に導く」という素晴らしい言葉は、大先輩からのエールであり、心のプレゼントだと思っています。
「『こころ』と『かたち』」という言葉から、わたしはサン=テグジュぺリの名作『星の王子さま』に出てくる有名な言葉を連想しました。
「本当に大切なものは目に見えない」という言葉です。そこからは「大切なものは、心で見ない限り、目には見えない」というジュぺリのメッセージが伝わってきます。
見えないものを心で見るとは、どういうことでしょうか?
それは、「感じる」ということです。「心で見る」とは「感じる」と同じ意味なのです。そこで、「共感」というキーワードが重要になってきます。
冠婚葬祭業やホテル業などに携わるサービスマンも「共感」する感性を研ぎすますせることで、お客様が考えていること、求めていることを瞬時にキャッチできるようになるのです。 大事なのは、「同感」ではなく「共感」です。
サービスマンは、お客様とまったく同じ立場にはなれません。しかし、それぞれの立場を想像し、限りなくその心情に近づいてことはできます。そして、「共感」とともに「気づき」というものが大事です。
「心で見る」というのは「気づく」ということでもあります。気づく人というのは、人が困っていたりするのが見えるわけですから、すぐにサポートしてあげることができます。また、気づく人は人が喜んでいるときにもそれに気づくので、一緒に喜んであげることができます。 気づかない人というのはサービスマンとして失格ですね。
もともと、「気づき」をはじめ、「気配り」「気働き」「気遣い」という言葉があるように、「サービス」とは「気」に通じます。わたしは昔から、サービス業とはお客様に元気、陽気、勇気といったプラスの気を提供する「気業」であると言い続けてきました。
最後に大事なことは、見えないものを形にして目に見えるようにすることです。そんなことが可能なのかと思うかもしれませんが、もちろん可能です。
見えないものを形にするとは、茶道、華道、能、日本舞踊などの芸道がそうですし、剣道や弓道などの武道もそうです。ヨガや気功なども含めて、一般に身体技法というものは見えないものを見えるようにする技術なのです。広い意味での芸術や芸能もそうです。
それらは、心を形にするテクノロジーだと言えるでしょう。
そして、サービス業において見えないものを形にする技術とは何か。
それは、挨拶、お辞儀、しぐさ、笑顔、愛語、といったものです。
わたしたちが普段から心がけているこれらのものこそ、本当に大切なものを目に見える形でお客様に提供することができるのです。冠婚葬祭業界においては、何よりも「相乗効果で人を豊かな心に導く」ような想いと儀式が求められます。
福地先輩のお言葉通り、わたしは、これからも「こころ」と「かたち」を大切にしたいと思います。
2012.7.1