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一条真也
「素晴らしきかな、冠婚葬祭!

 〜ホスピタリティ精神を発揮する習慣」

こんにちは、一条真也です。
松の内が明けた1月4日の夕方、6年間の闘病生活を続けていた妻の父親、つまり義父が亡くなりました。翌日の5日に通夜、6日に葬儀を行いました。義父は広島県に住んでいましたので、地元のセレモニーホールで滞りなく葬儀をあげていただきました。家族を愛し続け、仕事に情熱を捧げ続けた義父は、77年の人生を堂々と卒業していきました。
わたしは喪家の一員として棺をかつぎ、火葬場で骨も拾いました。そして、セレモニーホールの担当者に何度も「ありがとうございます」とお礼を述べました。大切な家族の葬儀のお世話をしてくれて、心の底から有り難いと思ったからです。
また、13日には長女が成人式を迎えました。女の子ですから振袖を着ましたが、ついこの前まで子どもだと思っていた娘の晴れ姿を見て、父親として感無量でした。長女が生まれたときのことをはじめ、多くの場面が心に浮かんできました。わずか1週間の間に親の葬儀と子の成人式が行われ、非常にあわただしい中にも「家族の絆」を感じ、それから「冠婚葬祭の存在意義」を痛感した次第です。
わたしたちは、さまざまな縁によって生かされています。その中でも最も重要なのが血縁です。結婚式、葬儀、そして成人式などの通過儀礼はすべて血縁の大切さを再認識させてくれます。
今年、2013年は、日本を代表する映画監督であった小津安二郎の生誕100周年です。「晩春」「麦秋」「お茶漬けの味」「東京物語」「早春」「彼岸花」「秋日和」「小早川家の秋」「秋刀魚の味」といった名作が有名ですが、わたしは、昔から小津映画が大好きで、ほぼ全作品を観ています。黒澤明と並んで「日本映画最大の巨匠」であった彼の作品には、必ずといってよいほど結婚式か葬儀のシーンが出てきました。多くの作品でヒロインを演じた原節子はスクリーンの中で何度も花嫁衣裳あるいは喪服を着ました。
小津ほど「家族」のあるべき姿を描き続けた監督はいないと世界中から評価されていますが、彼はきっと、冠婚葬祭こそが「家族」の姿をくっきりと浮かび上がらせることを知っていたのでしょう。
現在の日本社会は「無縁社会」などと呼ばれています。
しかし、この世に「縁」のない人はいません。どんな人だって、必ず血縁や地縁があります。そして、多くの人は学校や職場や趣味などでもさまざまな縁を得ていきます。この世には、最初から多くの「縁」で満ちているのです。ただ、それに多くの人々は気づかないだけなのです。
わたしは、「縁」という目に見えないものを実体化して見えるようにするものこそ冠婚葬祭ではないかと思います。結婚式や葬儀、七五三や成人式や法事・法要のときほど、縁というものが強く意識されることはありません。冠婚葬祭が行われるとき、「縁」という抽象的概念が実体化され、可視化されるのではないでしょうか。そもそも人間とは、「儀礼的動物」であり、社会を再生産する「儀礼的なもの」なのです。
さて、娘の成人式について触れましたが、わが社の沖縄本部の新年進発式のために那覇を訪れたとき、非常に嬉しいニュースを知りました。きっかけは、「沖縄タイムス」の1月14日朝刊で、「20歳の自覚」という大見出しの記事が掲載されていました。
沖縄といえば、毎年、「荒れる成人式」が話題になります。わたしは、ずっとこれを苦々しく思っていました。「守礼之邦」である沖縄のイメージを著しく損ない、また成人式という神聖な通過儀礼を冒涜するものだからです。ところが、その沖縄の成人式が今年は大きな変化を見せました。「新成人のイメージを良くしたい」と、成人式を終えたばかりの那覇市の鏡原中学校の卒業生20人が国際通りに出掛け、雨の中、自主的に清掃に取り組んだというのです。記事には、次のように書かれています。
「派手な金色のはかまを着て、耳にピアス、大胆な髪形をしたいでたちだったが、他の新成人が振りまいた紙吹雪をはじめ、ごみを丁寧に拾い上げた。沿道の店員や警官は『素晴らしい』『上等ですね』と拍手やエールを送った。」
この素晴らしい行為を同級生に呼び掛けたのは多和田陽介君という青年ですが、じつはこの多和田君、わが社の社員なのです。現在は、那覇市にある結婚式場の宴会サービス部門で頑張っています。
国際通りでは毎年、新成人が酒を飲んで騒ぎながら練り歩くそうです。他の通行人の迷惑になることなどお構いなしで、非常に「残念な光景」が恒例化していました。多和田君は、なんとか「良い意味で、外見と行動のギャップを見せたい」と清掃活動を計画したそうです。20人は軍手をはめ、ほうきやごみバサミを手に1時間半かけて、雨に打たれながら吸殻やペットボトル、瓶、缶、さらには雨で歩道に張り付いた紙吹雪を拾いました。ごみは、じつに2袋分になったそうです。
沿道の土産物屋の店員さんたちは「成人式の日は毎年、店の前がごみで散らかり、私たちが清掃していた。今年の新成人は模範的」「若いエネルギーはこういうことに注いでほしい」と笑顔で眺めていたとか。また、』道行く人たちも、一心不乱に清掃する若者たちの姿を目にして、盛んに記念撮影を求めたそうです。地元では大きな話題となり、「沖縄の新成人が変わった」とまで言われています。
わたしは、この話を聞いて、本当に涙が出るほど嬉しかったです。
特に「えらいなあ!」とわたしが心底思ったのは、心ない他の新成人たちが冷やかしで清掃する多和田君たちに小麦粉を振りまいたときの対応です。多和田君たちは、無法者を一切相手にせずに冷静にちりとりですくったのです。これを知ったときは本当に、一本取られた思いがしました。20歳当時の血の気の多いわたしだったら、小麦粉を振りまいた連中を大外刈りで投げるか、正拳突きやローキックをお見舞いしたかもしれません。その結果、大乱闘になって、周囲の人々から「これだから、最近の若い者は・・・」などと眉をひそめられるのがオチだったと思います。
多和田君にこのような立派な行為ができたのは、もしかすると、彼が冠婚葬祭業の接客サービス従事しているせいかもしれません。日々、お客様と接していく中で、自然とホスピタリティ精神を発揮する習慣がついていたのではないでしょうか。わたしは社長として多和田君を心から誇りに思います。
沖縄では新年進発式および新年祝賀会を行いましたが、祝賀会の中で多和田君をはじめとした新成人の社員たちのお祝いをし、わたしから記念品を手渡しました。沖縄の全社員から盛大な祝福の拍手を受けて、多和田君は照れながらも嬉しそうでした。 変わりはじめた沖縄の新成人・・・・・「守礼之邦」に吹いた「天下布礼」の風を感じて、わたしは最高に幸福な気分になりました。でーじカフー!
そして、「素晴らしきかな、冠婚葬祭!」と心の底から思いました。

2013.2.1