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一条真也
「禮鐘の儀~鐘の音に送られる人生の旅立ち」

 

こんにちは、一条真也です。 2013年10月2日にオープンした、サンレーグループ55番目のセレモニーホールである「霧ヶ丘紫雲閣」では、「禮鐘(れいしょう)の儀」という新しい儀式が行われています。葬儀での出棺の際に霊柩車のクラクションを鳴らさず、鐘の音で故人を送るセレモニーです。

 現在、日本全国の葬儀では霊柩車による「野辺送り・出棺」が一般的です。

 大正時代以降、霊柩車による野辺送りが社会全体に広まり、現在に至るまで当たり前のように出棺時に霊柩車のクラクションが鳴らされています。 このクラクションを鳴らす行為には、さまざまな説があります。

出棺の際に故人の茶碗を割る慣習(現在ではほとんど行われていないが、地方によっては必ず行われている)や、車輌を用いた野辺送りが一般的になる以前では、遺族・親族・有縁の者が葬列を組んで鐘や太鼓の音と共に墓地まで野辺送りを行っていた風習の名残りなど諸説があります。

 現在の出棺時に鳴らされる霊柩車のクラクション自体に特に大きな意味はありません。一般的には"別れの合図"や"弔意を表す為の弔砲がわり"や"未練を断ち切るための音"などとして認識されています。たとえば、船舶における汽笛は出航時や帰港時、航海中の安全の為に鳴らします。

また、船舶にはマリンベル(号鐘)と呼ばれる鐘が必ず設置されています。これは日常的には時間を知らせる為に使用されています。緊急時における使用もありますが、航海中に死人が出た場合の"水葬"を執り行う際にもこの号鐘が鳴らされます。

 紫雲閣では、昨今の住宅事情や社会的背景を考慮し、出棺時に霊柩車のクラクションを鳴らすのではなく、禮の想いを込めた鐘の音による出棺を提案します。

使用する鐘は、宗教に捉われない鰐口を使います。また、サンレー独自のオリジナル出棺作法として、3点鐘(3回叩く)による出棺とします。この3回というのは「感謝」「祈り」「癒し」の意味が込められており、「サンレー」に通じる「三禮」という意味もあります。

正確に言うと、禮鐘は「鰐口(わにぐち)」という鐘です。金属製梵音具の一種で、鋳銅や鋳鉄製のものが多いです。鐘鼓をふたつ合わせた形状で、鈴を扁平にしたような形をしています。上部に上から吊るすための耳状の取手がふたつあり、下側半分の縁に沿って細い開口部があります。仏堂や神社の社殿などで使われており、金口、金鼓とも呼ばれる事もあります。

古代の日本では、神社にも寺院にもともに鰐口が吊るされていました。その後、時代が下って、神社は鈴、寺院は釣鐘というふうに分かれていったのです。ですから、鰐口は神仏共生のシンボル、さらには儒教の最重要思想である「禮」の文字が刻まれた「禮鐘」は神仏儒共生のシンボルとなります。

神道・仏教・儒教は日本人の「こころ」の三本柱です。3回鳴る鐘は、「感謝」「祈り」「癒し」の意味もありますが、「神」「仏」「儒」でもあります。この鐘が鳴るたびに、故人の魂が安らかに旅立たれ、愛する人を亡くした方々の深い悲しみが癒され、さらには日本人の心が平安になることを願ってやみません。

 「禮鐘の儀」は儀式文化のイノベーションとして大きな話題となり、「サンデー毎日」2013年11月10号でも紹介されました。記事のタイトルは「感謝、祈り、癒やし」を込めて 野辺の送りに鳴り響く鐘の音」。 そして記事の内容は、以下の通りです。

 「『ブォーーーーーーン』。霊柩車が出るのに合わせてクラクションが高らかに鳴る。参列者は合掌し、音が消こえなくなり霊柩車が見えなくなるまで頭を垂れる。葬式では定番となっている野辺の送りの風景だ。しかし今度、北九州市小倉北区にオープンした葬祭会館、霧ヶ丘紫雲閣ではクラクションに代わり鐘を鳴らし、話題となっている。

 発案者は、会館の運営会社サンレー佐久間庸和]社長(50)。同社は1978(昭和53)年、北九州市に日本初の都市型葬祭会館を建てた。最近では家での葬儀が減って葬祭会館などで行うケースが増えたのに伴い、都市部に建つ施設が多くなったが、同時に周辺住民がクラクションの音を迷惑がる例も目立ってきた。今回、開館した霧ケ丘紫雲閣の前には道路を挟んで高級住宅街が広がる。『地域のみなさんに愛される会館に』と佐久間社長が決めた」

また、以下のように禮鐘についても詳しく説明されています。

「鐘は直径48センチ、厚さ10センチ弱。仏堂前で参拝者が鳴らす鰐口と呼ばれるもので、会館正面に建つ鐘楼につり下げられた。鐘の音はクラクションに比べて低く、響きが少ない。出棺前に司会者から『この鐘は故人からの"感謝、祈り、癒やし"の三つの礼を込めたものです』と案内があり、最初の鐘で霊柩車が発車。『出棺でございます』のアナウンスに続いて2、3度目がたたかれる。佐久間社長によると、クラクションにはいわれがなく、かつて野辺の送りの時に鳴らされたカネの代わりに使われた慣習という」

 週刊誌の常識として、このような新文化の紹介記事には必ず識者のコメントが添えられますが、今回はなんと次の方がコメントを寄せて下さっています。

「宗教哲学者で、京都大学こころの未来研究センターの鎌田東二教授は『葬儀にせよ、結婚式にせよ、時代の要請でスタイルは変わってきている。大事なことは死者を送る人たちの心がなぐさめられること。私もクラクションは気になっていた。神社仏閣の鐘を知っている人たちにとっては、鐘の響きは違和感がないのでは』と評価する」

まさか、鎌田先生が「禮鐘」のコメンテーターとして評価して下さるとは!

わたしの心は、嬉しさと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

宗教儀礼研究の第一人者である鎌田先生からのお墨付きを頂ければ百人力です。 鎌田先生、本当にありがとうございました。

 わが社だけでなく、今後は全国的にクラクションの音が葬儀の場から消えることを望みます。儀式とは、時代に応じて柔軟に変化して構いません。もちろん、「変えてはならない」部分と「変えてもよい」部分がありますが、出棺時のクラクションは鐘に変えるべきです。

最も大事なことは、故人を送り出すという心であることは言うまでもありません。

 葬儀が「人生の卒業式」ならば、鐘の音は出港するドラの音にも似て、故人があちらの世界へ旅立つのには、ふさわしいと思います。数年以内には、日本中の葬儀からクラクション音が消えている・・・・・わたしには、そんな予感がします。

 

2013.11.15