92
一条真也
「韓国客船沈没事故に思う~問題の焦点を間違えるな!」

 

こんにちは、一条真也です。
4月16日の午前、韓国の大型旅客船セウォル号が韓国南西部・珍島沖で沈没しました。この事故には、本当に多くのことを考えさせられました。
18日の朝、主宰する「平成心学塾]で話しましたが、その冒頭でこの沈没事故の話題に触れました。そして、「人の『生き死に』こそが最大の問題である」と述べました。船の沈没事故のみならず、飛行機の墜落事故、原発事故、津波、地震、そしてテロや戦争といった多くの人々の「生き死に」に関する問題は他のどんな話題よりも優先します。
韓国メディアによると、遭難信号が確認されてから沈没するまでの時間は1時間30分でした。この間に船員が正しい避難誘導を行わなかったため、沈没した可能性が高いとのこと。
何よりも、この船のイ・ジュンソク船長が乗客よりも先に逃げ出していたという事実に驚きました。事故ではイ船長が先に逃げたことが、被害を拡大させたと指摘されています。
しかも、現地メディアの報道によると、船長は事故直後に濡れた5万ウォン札2~3枚と、1万ウォン札10枚余りを治療室の床で乾かしていたとのこと。まったく、古今東西こんなデタラメな話は聞いたことがありません。まさに、事実は小説より奇なり!
船長は事故が起きれば乗客の避難に向けて指揮をとらなければなりません。しかし、イ船長は「安心して下さい」とカンさんに放送させた後、自分はすぐに逃げたのです。当然ながら、船内に残された乗務員らは混乱しました。木浦海洋警察によると、船長のほか航海士、操舵手、甲板長、機関長らが午前9時半ごろにはほぼ船外に脱出し、9時50分頃、海洋警察に救助されたそうですが、乗客を残したままの逃亡は言語道断です。この報道に、ある韓国ネットユーザーは「大統領は船長を捕まえて、死刑にすべき」と書き込みましたが、多くのネットユーザーから支持を受けているそうです。
救出を待ち続ける家族らに向け、沈没後に多くのメールが届きました。
いずれも船内の緊迫した状況を伝えるメールでした。それらのメッセージが救出を待つ家族の間で広まり、そのたびに「早く救出を」と求める声が上がりました。これらのメールによって、真偽不明の「生存」情報が飛び交い、混乱に拍車をかけました。
しかし、韓国警察庁は17日夜、船の大半が沈んだ16日正午以降に発せられたとされるこうした情報は、すべて第三者がなりすました偽メールであることが確認されたと発表。発信者の発信記録などを確認したところ、乗客のものではなかったというのです。わたしは、このニュースを知って絶句しました。これほどメールの情報というものがバーチャルというか、架空というか、要するに「いかがわしい」存在であったことを示す出来事がこれまでにあったでしょうか?
 「どうか早く救助してください」というメールのメッセージは「バーチャル」で、実際に発見された遺体は「リアル」そのものだったのです。「バーチャル」と「リアル」の関係を、これほど鮮やかに、また残酷に示した出来事はなかったように思います。
さらに、こうした偽メールの中には「沈没事故の救助」や「現在の状況映像」と題したものもあったようです。そこに掲載されたアドレスにアクセスした場合、ウイルスに感染して個人情報が流出するというのです。韓国は世界有数のIT先進国ですが、わたしは、この事実を前にIT文明そのものの意味が人類に突き付けられた気がしました。
セウォル号の乗客475人のうち、修学旅行中だったソウル郊外安山市の檀園高校の学生325人と教師14人が乗船していました。引率として同船に乗船していて救助された同高校の教頭が首吊り自殺したことが確認されています。生徒や他の教員らとともに引率の責任者として修学旅行に参加していた教頭は、客船から救助された後、「私だけが救助された」と自らを責めている姿が見られたそうです。警察は教頭の財布から遺書が発見されたことを明らかにしましたが、「あの世で子どもたちの教師を続けたい」と書かれていたそうです。
また遺書には、「200人以上が生死不明になるなか、1人生きていく自身がない。すべての責任は旅行を計画した私にある。灰は事故のあった海に撒いて欲しい。あの世で、子どもたちの教師を続けたい」と記されていたそうです。自分だけが逃げ出した船長の無責任さに比べて、この教頭の責任感の強さには強い感銘を受けます。船会社の社長も「死に値する罪を犯した」と謝罪していましたが、確かに死をもってしか償えない罪というものはあるのです。
今回の沈没事故で、修学旅行中の高校生ら約340人が乗っていたことを受け、韓国では「修学旅行」を廃止すべきとの声が上がっているそうです。インターネット上では、小中高校による修学旅行の廃止を求める署名運動が行われているとか。
韓国メディアによると、韓国の修学旅行は日本統治時代に日本から持ち込まれた旅行文化だそうです。当時、多くの韓国人にとって旅行は身近なものではなく、学生時代に格安で行ける修学旅行は意味のあるものでした。しかし最近では家族旅行の文化が発達し、集団主義より個人主義の方が望ましいとの考えから不要論が広がり、「日本帝国主義教育の残滓」との批判もあったというのです。
インターネットの掲示板には「どれだけ多くの子どもが亡くなれば不必要な現場体験や修学旅行を廃止するのだろうか」、「不安といらだちが募る修学旅行に私の子どもを送りたくない」などの意見が書き込まれました。このような反応を受け、一部の自治体は修学旅行を中止・再検討することを決めています。
このニュースを知って、わたしは問題の焦点が違うというか、絶対に修学旅行はなくすべきではないと思いました。そもそも、修学旅行をなくせば、今回のような悲劇がなくなるわけではありませんし、問題は韓国社会のもっと根深い部分に存在しています。
だいたい、「集団主義より個人主義の方が望ましい」という考えそのものがおかしい。その考えは「他人など関係ない。自分だけ助かればいい」というイ船長のエゴイズムに直結しているのではないでしょうか。ただでさえ個人主義が進んでいる韓国において、学生時代の修学旅行は絶対に必要であると確信します。日本でも、最近は修学旅行に子どもを行かせない親がいるそうです。
ちなみに、修学旅行のみならず、企業における社内旅行もどんどん減少する一方ですが、「人間尊重」をミッションとするわが社では、あえて大人数での社内旅行を続けています。
最後に、このたびの沈没事故で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈りいたします。合掌。

2014.5.1